ピュアヒューリーズ15
舞洲ヒロの話の続き
『レイズ』は結成から6年後にメジャーデビューを果たした。
時期で言えば『アフロディーテ』より2年ほど遅い。
もし、阪神淡路大震災さえなければもう少し早かったかもしれないけれど……。
1995年1月17日。私たちの日常は大きく変化した。
私と羽島くんの家はさほど被害を受けなかったけれど、逢子の家だけは甚大な被害を受けた。
震災で逢子は住む家と母親を失ってしまったのだ。
当時の彼女の様子は、今思い出しても痛々しかった。
彼女の生きる気力は完全に消え失せていたし、私たちも彼女に掛ける言葉が見つからなかった。
状況次第では『レイズ』が解散してもおかしくない状況だっとと思う。
それでも、逢子は決して解散しようとはしなかった。
逢子の思いを図るには重すぎるけれど、きっと彼女にとって『レイズ』は掛け替えのない存在だったのだろうと思う。
私に出来たことは羽島くんと一緒に練習することだけだった。
焼け野が原のようになってしまった神戸の街で逢子は真の絶望を味わったのだと思う。
思い返すと私たち3人はみんな必死だった。
あまり弱音を吐かない羽島くんだって相当応えていたはずだ。
たぶん運が良かったのだと思う。
幸運というよりは悪運が強かったのだと思う。
私たちは絶望の淵にいてもどうにか立ち上がることが出来た――。
デビューしてからは思っていたより苦労は少なかった。
正確に言えば、あの地獄に比べればなんてことなかった。
スキャンダラスなことも皆無だったし(私たち3人はとりあえず真面目だった)、お金だってそれなりに稼げた。
それでも私は満たされることはなかったのだけれど……。
『アフロディーテ』はその頃、人気の絶頂だった。
メンバー全員が人気者で、音楽番組やライブに引っ張りだこだった。
敏腕プロデューサー西浦有栖の影響力は絶大で、私たちなんて『アフロディーテ』と比べればチリのように消し飛ぶほどだ。
そんな状況下でも逢子は「地道にやろう」と、そのスタンスを崩そうとはしなかった。
彼女は本当に地道にベースの腕を磨き、良い曲を書くことに注力した。
羽島くんと私はそんな彼女のひたむきな姿が大好きだった。
私は同じプロとして、羽島くんはプラス男として……。
私たちはそれなりのバンドに成長したのはデビューして4年ほど過ぎた頃だ。
デビュー後初のオリコン1位を記録し、全国ツアーも出来た。
ちょうどその頃。『アフロディーテ』は西浦有栖との確執で事務所を抜け、再スタートしていた時期だった。
ある意味においてその時期は『レイズ』と『アフロディーテ』の立場が入れ替わっていたのだ。
当時の私はそのことが嬉しかった。その感情は蔑みに近かったと思う。
やっと『アフロディーテ』を見返すことが出来た。
やっと亨一くんを見返すことが出来た……。
亨一くんと再会したのはちょうどその頃だった――。
2001年8月。私たちは野外フェスに参加していた。4日間開催の日本最大規模のロックフェス。
私たちと『アフロディーテ』は偶然にも同日のステージだったのだ。
最初に私たちを見つけたのは月子ちゃんだった。
久しぶりに会った彼女は、満面の笑みで逢子に絡んでいた。
逢子自身、あまり月子ちゃんが好きではなかった。
月子ちゃんと出会った当時は、まだお互いに幼かったのであまり気にしなかったけれど、大人となった今は実に面倒くさい女だと思う。
「逢子ちゃんどえらい久しぶりやなー。元気しとった?」
「月子ちゃん! ほんま久しぶり―。ま、元気やで! お陰さんで風邪引く暇もないわ」
逢子の返答は多少ながらマウンティングの意味が込められていた。
『レイズ』の初代ベーシストを引き抜いた張本人なので多少は恨んでいたのだろう。
「ええなー。ウチらは今崖っぷちやで。ま、これからやけどね!」
月子ちゃん自身も逢子の言葉の意味を理解したのか、強がりを言う。
女同士の争い……。とまではいかないけれどバチバチだ。
岸田くんと吉野くん(吉野くんと私はその時が初対面)は彼女の隣で世間話をしていた。
岸田くんは羽島くんの実質的な弟子だった。
彼は中学2年の時に羽島くんから本格的にギターレッスンを受け始めたのだ。
気が付けば、羽島くんと岸田くんの2人のレベルは大差なくなっていた。
岸田くんには才能……。のようなものがあったのだろう。
羽島くんはそれに関して特に何も言わなかったけれど……。
亨一くんの姿を見つけたのはその直後だ。彼はボサボサに伸びたくせっ毛を掻きながら私の前に現れた。
「ひさしぶりだね」
彼の雰囲気はまるで変わってはいなかった。
中学で初めて会った時と同じような口調で、仕草も全く同じに見える。
「ひさしぶり……。元気しとった?」
「ああ、お陰様でね。この前まで色々あったけど、ようやく落ち着いたよ。ヒロは?」
ヒロ……。久しぶりに彼の口から名前がこぼれる。
「私は……。普通やで。相変わらずドラムだけはきっちりやっとるけどそれだけや」
「そう。ヒロすごいよね。気が付けば日本屈指のドラマーだもんね」
褒められた。のだろうか?
彼は特に口調を変えることなく続ける。
「ウチの吉野くんにも見習ってもらいたいくらいだよ。ほら、彼って才能はあるけど努力嫌いな人だからさ……。もしヒロがドラムだったらどれほど良かったか……。あ、本人には内緒だよ」
言葉の内容と裏腹に彼の態度は平静そのものだった。
おそらくお世辞ではない。彼はそういう人間なのだ。
「ハハハ、褒めてくれてありがとう。そんなに私のドラムがええと思うんやったら、『レイズ』戻ったらええやん? したら逢子の仕事も減るしな」
そう話した後、私は酷く後悔した。そして、悲しい気持ちになる。
亨一くんは私のその言葉に下唇を一瞬噛んだ。
「そうだね……。そうできたらどれほどいいだろうね……」
彼はそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
亨一くん自身。もう『アフロディーテ』から抜けることはできないはずだ。
覆水盆に返らず――。
そのフェス以降、私と亨一くんは年イチくらいのペースで顔を合わせた。
会う度、私たちは他愛のない会話をし、そして悲しい気持ちになった。
なんでなのだろう?
本当なら『レイズ』として4人でずっと一緒に居ても良かったはずなのだ。
それなのに……。
きっと神様は私に才能を与える代わりに、大切な人を奪っていったのだ。
大切な人とドラマーとしての名声……。
『その2つはお前には贅沢だ』神様はそう思っているのだ。
ときどき思う。
なぜ神様はドラムではなく、亨一くんを奪っていったのかと。
無い物ねだりだ。本当は分かっている……。
それでも私はその『無い物』がたまらなく欲しくなる。
たまらなく愛おしくなる……。




