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ピュアヒューリーズ14

 舞洲さんはS15を路肩に停めた。

 サイドブレーキを引いてギアをニュートラルに入れる。

 その仕草は女性というよりむしろ男性的に見えた。

 卒がなく、それでいて大胆だ。

「あれはだいぶ昔の話なんだ。そーやね……。だいたい25年くらい前かな?」

 舞洲さんは記憶を漁るようにゆっくりと口を開いた。


 舞洲ヒロの話。


 あれは今から25年くらい前の話だ。

 私はまだ高校2年で、バンド活動を始めて3年過ぎた頃だ。

 当時、私はバンドメンバーのベーシストと交際していた。

 佐藤亨一。『レイズ』の最初のベーシスト……。

 私たちが出会った当時はまだ中学生でお互いに幼かった。

 中学1年の夏休み。

 私は幼なじみの逢子から「バンドやろうぜ!」と直球な誘いを受けた。

 逢子は昔から無鉄砲で自由奔放な少女だった。

 彼女は本当に男勝りで、喧嘩をしてもサッカーをしても他の男子に引けを取らなかったのだ。

 そんな彼女からの急な誘いに、私は多少困惑した。

 当時の私はどちらかと言えば大人しく(今だって大人しいけれど)、バンド活動するような女の子でもなかった。

 しかし逢子は「えーからやろうぜ!」と私が首を縦に振るまで何度も誘ってきた。

 彼女は昔から決めたことにはかなり頑固な性格だった。

 そのせいで私は何度も痛い眼を見た気がする……。

 結局私は折れるしかなかった。

 逢子のそれはいつだって脅迫的で、かつ魅力的だったのだ。

 バンドメンバーは逢子のクラスメイトの羽島君と私のクラスメイトの佐藤君だった。

 佐藤君……。とはあまり話したことがなかった。

 彼はクラスの男子の中でもかなり風変わりな男の子だった。

 別にいじめられているわけではないのに、いつも1人でいるような子だったのだ。

 彼の雰囲気は独特で、見ようによっては大人びているようにも見えた。

 初めて彼と一緒にセッションした日のことは今でもよく覚えている。

 私と彼はリズム隊で他の2人とは違って淡々と仕事を熟すように演奏した。

 彼のベースの腕はその当時からかなりハイレベルで、私や羽島君とは一線を画していたと思う。

 それでも私は彼のベースが好きだった。

 彼と一緒に演奏するのが楽しかったし、それ以上の何かがある気がした。

 その何かが恋心だと気づいたのはそれから間もなくのことだったのだけれど……。

 気が付くと私と佐藤君はいつも一緒に居た。

 同じクラスでもよく話す間柄になっていたのだ。

 彼はいつも私に様々なアドバイスをくれたし、時には厳しい言葉を掛けてくれた。

 彼の言葉はどれも私の気持ちを大きく揺さぶった。

 時には貶すに近い言葉も言われたけれど、それも含めて私は多くを受け入れることが出来た。

 中三の夏休み。私たちは恋人同士になった。どちらからともなく、惹かれ合い、そして……。私は自分のハジメテを彼に差し出した……。

 高校に上がる頃には私たちはすっかり一心同体になっていた。

 まるでパズルのピースのように噛み合い、お互いの隙間を埋め合うような存在になったのだ。

 そんな日常が私は掛け替えのないものだったと思う。

 彼のくせっ毛や細長い指が好きだった。欠伸するときの間の抜けた顔や尖った耳がとても愛おしかった。

 しかし……。そんな愛すべき日常は唐突に終わりを迎えた――。

「ヒロ……。悪いんだけど『レイズ』抜けるよ」

 ファミレスでサンドイッチを手に取る私に彼は急にそう言った。

「は? なんで?」

「実はね。『アフロディーテ』にベース頼まれててさ。今まではヘルプだったけど、これからはそっちをメインにやろうと思うんだ」

 言っている意味が分からなかった。

 なぜ他のバンドに行く必要があるのだろうか?

「は? ほんまなんで? 逢子と何かあったんか?」

「逢子ちゃんは関係ないよ……。『レイズ』に不満があるからじゃないんだ。ただ、『アフロディーテ』というバンドが僕にとってすごく重要に変わったってだけだからさ」

 重要に変わった? 本当に意味が分からない。

「なにそれ……。したら亨一くんにとって『レイズ』は重要ちゃうん?」

「勘違いさせたならごめんね。でも、あえて汚い言葉で言うのであれば『アフロディーテ』よりは優先順位は下ってことだよ。僕はね。あのバンドに可能性を見たんだ。だから、あのバンドでやっていきたいんだよ」

 私は言葉を失うしかなかった。そして……。

「ヒロ……」

「もうええよ……」

 私は手元のコップの水を思い切り彼に浴びせた。氷が飛び出して床に散乱する。

「亨一くんの気持ちは分かった。これでサヨナラや」

 私はバッグを肩から掛けるとそのままファミレスを飛び出した。

 手が震えているのが分かった。喉に何かが突っかかるのも分かった。

 明確な怒りが湧き上がり、もう2度と彼の顔を見たくなかった――。

 この脱退で一番被害を被ったのは逢子だろう。彼女は未経験のベースを担当する羽目になったし、それ以外にも佐藤君の役割のほぼ全てが彼女に引き継がれた。

 それでも逢子は「仕方ないやろ」と彼を責めたりしなかった。

 なぜ逢子は亨一くんを責めないのだろう? と私は思った。

 本来であれば私以上に彼を責め立ててしかるべきなのに――。

 私は亨一くんをどうしても許せなかった。

 3年も一緒に居たくせに『レイズ』を……。いや、私を裏切った彼をどうしても許せなかった。

 優先順位が下。という言葉が私の中でぐるぐる回る。

 私の中で『アフロディーテ』が『レイズ』より上だとはどうしても認められなかった。

 確かに『アフロディーテ』のヴォーカルの月子ちゃんの歌唱力はすごいと思う。

 でも逢子だって決して負けていないはずだ。

 ギターに関しては羽島くんの方が健次くんよりずっと上手かったし、ドラムだって……。

 考えれば考えるほど亨一くんの優先順位が許せなかった。

 私の主観だけでいえば、絶対に『アフロディーテ』なんかに負けているはずがないのだ。

 主観が暴走していた。

 なぜか私が『アフロディーテ』に負けたような気分になっていた。

 彼の天秤の上で『舞洲ヒロ』という女よりも『アフロディーテ』の方が上だとう事実がどうしても受け止め切れなかった……。

 それから私はがむしゃらにドラムの練習をした。

 ドラムこそが生きる意味に変わっていた。

 家族や友人に文句を言われてもそんなこと全く耳に入らなかった……。

 ドラムだけが私を癒してくれた。リズムを刻むことだけが私を優しく擁護してくれた。

 気が付くと私はドラマーとしてかなり高い場所に来てしまったのかもしれない――。

 

 佐藤亨一を再会したのは彼と別れてから10年後のことだった。


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