ピュアヒューリーズ13
「今日はありがとうごらいました!」
京極さんは呂律が回らない口調で舞洲さんに何度も頭を下げる。
「ええよ。京極さんゆっくり休んでな」
完全なる酔っ払いだ。京極さんは本当に飲み癖が悪い。
「んじゃ! のんちゃんも気をつけて帰るんだよー」
「はい! お疲れ様です」
僕と舞洲さんは千鳥足でマンションに入っていく京極さんを見送った……。
「したら次は君んちやね? 池袋駅方面でええんか?」
「はい! 西口公園の近くに下ろしてもらえると助かります」
「了解。ま、夜中やし道空いてるからすぐ帰れるやろ……」
彼女はギアを1速に入れると滑るように車を発進させた。
舞洲さんの車は予想に反してスポーツクーペだった。
黒のシルビア(たしか型式はS15だと思う)で、ターボ特有の吸気音が聞こえる。
僕は後ろの座席に押し込まれる形で座っていた。さすがに狭い。
「すまんね。こんなけったいな車で……。後ろの席狭いやろ?」
彼女は僕の心の声が聞こえたように呟いた。
「いえ……。僕の車も狭いので慣れてます。スポーツクーペお好きなんですか?」
「ああ、好きやで。特に日産のFRはたまらんね。昔はR32乗っとったんやけど、やっぱりこの乗り味が私は好きなんよ。あ、R32ゆーてもGTRとちゃうで! GTSターボ」
どうやら舞洲さんは完全に車オタクらしい。
「年式古い車がお好きなんですね?」
「せやな! やっぱりS15ぐらいまでが日産の黄金期やと私は思う。ま、もしS16発売したら速攻で買うけどな……」
彼女は思っていたよりずっと饒舌だった。
飲み会の席ではほとんど話さなかったのが不思議なくらいだ。
「竹井君はドラム歴どんくらい?」
「僕は……。小学生からだからだいたい12年くらいです。昔から好きでよく叩いてたんですよね」
「ほぇー。すごいやん。私がドラム始めたのが中学ん時やから私よりずぅーと早かったちゅうことやね」
舞洲さんは嬉しそうに笑った。
彼女の笑い方はとてもチャーミングだった。
チャーミング……。という表現は古くさい気もするがそれが合っている気がする。
夜の明治通りはところどころで道路工事をしていた。
作業着姿の誘導員が誘導灯を握っている。
「『レイズ』って珍しい構成のバンドですよね。ヴォーカルがベース兼任するというのも珍しいですし、スリーピースで女性2人というのも珍しい気がします」
「そうやろね。うちらもこんな形になるとは思ってなかったんやけどね……」
彼女は含むような言い方をした。僕は黙って彼女の話の続きを待った。
「なぁ竹井君? 『アフロディーテ』ゆうバンドとおうたことあるか?」
舞洲さんは急に『アフロディーテ』の話を持ち出した。
完全に文脈無視だと思う。
「え? いえ……。一応はヴォーカルの女性には小さい頃会ったらしいです。子供過ぎて覚えてはいませんが……」
「そうか……」
ヴォーカルの女性……。言わずもがな『鴨川月子』のことだ。
「僕の大叔母が『ニンヒア』で『アフロディーテ』担当してたことがあるらしいので……。たぶんその繋がりで会ったんだと思います。覚えていないので会ったと言えるかは謎ですけどね」
「月子ちゃんなぁ……。君らにとっては因縁の相手やもんね。でもキョウイチ君とはおうてないんやな」
キョウイチ……。たしか旧『アフロディーテ』のベーシストだ。
「ええ、話程度にしか知りませんね。京極さんは詳しく知ってると思いますけど……」
僕の返答に彼女はしばらく黙り込んでしまった。
何か勘に触ることでも言ってしまっただろうか?
「なぁ竹井君? 少しだけお話せーへん? そこまで時間は取らせへんから……」
「はい……。僕は構いませんよ」
「したらな……」
それから彼女は古い話を語り始めた。
今から25年前の昔話を――。




