ピュアヒューリーズ7
三月中旬。
空気は少しずつ暖かくなり、春の陽気が漂い始めていた。
学内の樹木も小さいながら新芽をつけている。
春休みの大学校内は人も疎らで、運動部以外の人間は少なかった。
僕はそんな閑散とした大学が好きだった。
普段、学生でごった返している校内に比べて落ち着いて勉強に集中できる。
その日、僕は図書館での勉強を終えると学内の自販機コーナーの前のベンチで小説を読んでいた。
作品名は《人魚の季節》。
作者は川村栞。ファンタジー作品をよく書いている作家だ。
この作品の作者と僕はほんの少しだけ接点があった。
大叔母からの情報だと、この作者はあの鴨川月子と同級生のようだ。
覚えては居ないけれど、僕は幼い頃に彼女に会ったことがあるらしい。
幼すぎて記憶にはないのだけれど……。
母が彼女の作品のファンで鴨川月子経由で会ったらしい。
僕の実家の本棚には彼女の作品が全て揃っていた。
だから彼女の作品は僕にとって身近なものだったのだけれど、改めて読み返すとかなり癖の強い作家だと思う。
世界観自体は壮大で、中世ヨーロッパや異世界をモチーフにした物が多い。
その反面、そこに登場するキャラクターたちは等身大で親近感を覚える人物が多かった。
彼女の書く文章で特出すべきは、自然現象の描写だった。
川のせせらぎや森のざわめき、火の燃える音や雷鳴……。
そういった自然物の描写がとても情緒的に描かれていた。
僕はその世界観が好きで、いつも彼女の世界に引き込まれていたのだ……。
小一時間ほど読書すると僕は背伸びをした。
「あー! 竹井さん! 探しましたー」
「あれ? 七星くん? どうしたのこんなところで?」
そこにはなぜか七星くんが居た。
「もー! 竹井さんスマホの電源切らないで下さいよ! 連絡取れなくて困るじゃないですか!」
「あ……。ごめんごめん。ずっと勉強してたから電源入れるの忘れたよ」
「電源切らないでってあれほど言ってるじゃないっすか! いまどきスマホの電源切って作業するの竹井さんぐらいっすよ」
僕は作業する前には必ず電源を切っていた。
別にバッグにでもしまっておけば良いようなものだけれど、僕はそれが嫌いだった。
集中するときは完全に外界と遮断したい。
「それで? 何の用?」
「ちょっとギターの調子が悪いんすよ! 見てくれません?」
「いやいや……。なんで僕に言うの……」
彼は僕の言葉を無視してハードケースからレスポールを取り出すと僕に差し出した。
ギブソンのレスポール。しかもカスタムショップ仕様だ。
「メインのテレキャスじゃないんだね?」
「そうなんすよ! しばらく弾いてなかったからガリガリ音がするんですよね……」
「はぁ……。ねぇ七星くん? そういう修理は普通は楽器屋に持ち込むんだよ? 僕は便利屋じゃない……」
「えー!? いいじゃないっすか! ほら! 前ライブ前にエフェクター壊れたときだってちょちょいっと直してたし」
いい加減にして欲しい……。と僕は思った。
「……。分かったよ。でもここじゃ直しようがないから僕んちに行こう。開けてみないと分からないからね」
こうして僕は七星くんの高級レスポールを修理する羽目になってしまった……。




