Track7 吸血鬼と雛罌粟~introduction~
アフロディーテのアリーナツアーの翌日、俺たちは川崎のライブハウスまで来ていた。ライブハウスに到着するとウラはいつもライブ前にするように自身のSGのメンテナンスを念入りに行っている。俺とジュンはウラがギターをメンテナンスしている横で対バンする他のバンドたちに挨拶をして、今日のスケジュールの打ち合わせをした。
「じゃあ俺たちは今回3番目に出させてもらいますね! 段取りしていただいて助かりました」
「いえいえ、バービナさんにはM市にお邪魔したときにお世話になったのでこれくらい当然すよ! 俺らの地元まで来てもらえてほんと嬉しいですし、今日は絶対成功させましょうね!」
対バン相手の『アシッドレイン』のリーダーは俺たちの対バンの段取りを組んでくれていた。俺たちはただ、セットリストを提出して後はただ自分の出番を待つだけだ。俺たちは彼らにお礼を言うと楽屋でそれぞれ準備をした。
「大志、今日は5曲だよね? 2曲後と4曲後のMCはいつもどおり京極さんに任せちゃっていいのかな?」
「いーんじゃねーの? つーかジュンお前MCしてーの?」
「俺じゃないよ! 大志は一応俺らのリーダーだしさ……。遠征だからお前話すのかと思ったんだよ?」
「あ! 確かに! いつも私1人でMCやってっけど、今日の〆のMCは大志やったらいいんじゃね?」
ジュンもウラも俺に気を使っているようだ。確かにいつもバンドの紹介や観客との絡みはほとんどウラに任せきりだった。今回くらいは俺が観客に挨拶してもいいかもしれない。
「そーだなー……。あんまり話すの得意じゃねーんだけど」
「でもでも、大志さんのMC聞いてみたいです! あたしも客席から応援しますから」
茜ちゃんはそう言ってニコニコした笑顔を俺に見せてくれた。ウラもジュンも茜ちゃんに乗っかるように俺にMCをやらせたいようだ。
「しゃーねーな。じゃあ最後の曲前だけ俺がやるよ! 最初のメンバー紹介とつかみはウラに任せっから!」
「意義なーし」
ウラとジュンはニヤケながらハモるようにそう言った。気のせいか神奈川に来てからこの2人は妙に仲がいい気がする。
俺たちが楽屋でそんな話をしていると、ライブハウスのスタッフがリハーサルの準備ができたと呼びに来てくれた。ウラは丁寧に磨き上げてチューニングを行ったSGを大事そうに抱えながらステージに向かう。彼女がリハーサルに向かう様子を何回も見ている俺もこんなに嬉しそうに向かうのは初めて見る気がする。
ジュンはいつもと変わらない。この男は動揺というものがないのかもしれない。こいつは俺たちがまだ小学生の頃から妙に大人じみていて、世間を斜に構えて見ている奴だった。
ステージに上がると俺はドラムセットの前に腰を下ろした。客席には今回対バンするバンドたちがTシャツ姿で休んでいる。茜ちゃんはステージ前の柵に背伸びしながら立って俺たちのリハが始まるのを待っているようだ。
それぞれ楽器のチェックを行っていると、ウラはアフロディーテの『デザイア』を弾き始めた。今回のライブに全く関係ない楽曲なのだけど、かなり本気で弾いている。観客席にいる対バン相手たちもウラが演奏を始めると立ち上がってステージの前に集まってきた。
俺とジュンもつられるようにウラの演奏に付き合った。ウラはマイクで『デザイア』を歌った。昨日、生のアフロディーテを見たせいか完全にThukikoのコピーのような歌い方だ。やはり1年以上一緒にバンドやってきただけあって、初めてセッションした時よりずっとまとまりがあり、相当仕上がっている気がした。ウラはギターソロのパートになると嬉しそうに客席に身を乗り出して挑発するように観客に声を掛けた。もっともリハーサルで観客は今回対バンする相手と茜ちゃんくらいしかいないのだが。
『デザイア』の演奏が終わると俺たちはすでに汗まみれになっていた。
「すげー! バービナさんやっぱコピーもヤバいですね! 鳥肌物でした」
「あざーす! ウチらもともとアフロディーテのコピーで始めたバンドですからね! 特に『デザイア』はお気に入りなんですよねー」
ウラは『アシッドレイン』のメンバーたちと和気あいあいと話をしている。俺とジュンはステージ上で自分たちの楽曲の練習を進める。それにしてもウラのギターの腕は相当なものだ。初めて会った時もうまいとは思っていたけど、ここ1年ちょっとの間にさらにレベルアップをしている。
「なあジュン。ウラの腕また上がったんじゃねーか? つい1か月前よりずっと音が良くなった気がするんだけどよー」
「大志もそう感じた? 俺も正直驚いてるよ。確かに京極さんの技術は元々高かったけど、ここ数か月でまた格段にうまくなったよね」
俺は楽しそうに対バン相手たちと、はしゃいでいるウラを眺めながら、ある意味でウラに畏怖を感じていた。もしかしたら俺はとんでもない娘をバンドに引き入れてしまったのかもしれない。
普段、ただ楽しそうに笑ってわがままを言っているだけのこいつを見ていても今一つピンと来ないけど、こうして演奏してる彼女を見ているとそれを実感せざる得なかった。
その後、通しでライブの楽曲を演奏して俺たちのリハーサルは終了した。あとは本番を待つだけだ。
俺たちはライブ用の衣装に着替える。俺とジュンはいつも通りのカジュアルな衣装に着替えた。ウラはストリート系の服に着替えて赤いキャップを被ると楽屋で化粧を始めた。
「こんなとき男は楽でいーよねー。一応私も女子だから多少は化粧しないとね」
「ハハハ、でもさー。京極さん肌綺麗だしそんなにしっかりメイクしないでも行けるんじゃないの? まだ10代なのはうらやましい限りだよ」
「ジュン君さぁ。うちら4つしか違わないんだよ? まぁ肌綺麗って言われて嫌な気分にはならないけどね」
俺は茜ちゃんと話しながらウラとジュンの会話を何となく聞いていた。親し気に話すウラとジュンに妙なものを感じていた。思っていたよりこの2人は仲がいいようだ。たしかこの前までライブ以外では犬猿の仲だった気がする。俺の知らないところで何か仲良くなるきっかけがあったのだろうか?
時間になるとライブハウスのスタッフが、本番が始まると呼びに来た。俺たちは立ち上がると円陣を組んで気合を入れる。遠征だから特に気合が入った。
俺たちは対バンする他のバンドたちが盛り上がっているのを舞台の袖で聴いていた。音の感じでは観客はそれなりに入っているようだ。『アシッドレイン』の話では前売り券は半分程度しかはけなかったらしいけど、どうやら当日券で入った客も多くいるようだ。
俺たちの前の2組のバンドはライブ会場をかなり温めてくれた。観客たちの歓声を舞台袖で聴きながら俺たちは緊張感が高まっていくのを感じていた。ウラもジュンも心なしか落ち着かない様子で待機している。まぁ実際俺も落ち着かなかったわけだが。
2組目のバンドが終わっていよいよ俺たちの出番になった。最初にジュン、続いて俺、ウラの順番でステージに上がる。俺とジュンは普通に頭を下げて観客たちに軽く手を振りながら自分たちのポジションに着いた。ウラはテンションが上がったのか手を振り上げながら飛び跳ねて中心へ躍り出た。
俺はドラムセットの前に座る。ジュンはジャズベースのコンディションを確かめ、ウラはギターとマイクの最終をチェックしている。
俺はこのバンドを組んでから毎回こんな風に集中している2人の背中を見続けていた。その後ろ姿を見る度に俺はこいつらとバンドを組めたことを誰かに感謝したくなる。本来、ウラにしてもジュンにしても俺よりも数段各上のバンドマンのはずだ。それでも彼らは俺と一緒に目標を持ってくれていることが不思議な気がした。
そして俺たちライブが始まった。
吸血鬼との出会いの前夜祭のように……。