ヘカテ—ダーク23
8月下旬。
僕たちは大阪を訪れていた。
僕自身は関西方面に来たのは中学校の修学旅行以来だ。
5年ぶりに見る大阪の街はあの当時とあまり変わっていない。
「みんなお疲れー。あとは東京での最終公演だけだねー」
大阪公演があまりにもあっさり終わったことに僕は気味の悪ささえ感じた。
名古屋から4カ所も回ってきたので僕たちもすっかり慣れたのかもしれない。
七星くんも最初こそ緊張していたけれど、大阪での公演ではすっかり板に付いていた。
とにかく僕たちは各公演やり終えると急に電源が切れてしまった。
足に力が入らず、手も痺れていた。
あの高木さんでさえ楽屋に下がると椅子に突っ伏して眠りこけていた……。
「したらねー。じゃあパーッと打ち上げしよう!」
「お、いいね。でもその前にちゃんと眠りたいかな……」
「ジュンはおじいちゃんだからねー。じゃあ明日は朝から大阪観光しよう! 西浦さんもしばらくは自由で良いって言ってたし!」
大叔母はずっとニンヒアの事務所に居たけれど、大阪公演には駆けつけてくれた。
メジャーデビュー後初の興行だったけれど、反響は予想以上だったらしい。
仕事に厳しいはずの大叔母も喜んで、ご褒美に自由時間を用意してくれたのだ。
「そうだ! 忙しくてずっと竹井くんの歓迎会してなかったから大阪でやろうよ! 私お店用意しとくからさ!」
そう言うと京極さんは既にスマホで店を探し始めていた。
「お気遣い頂いてありがとうございます」
「こっちこそごめんねー。お好み焼き歓迎会しよーって言ってたのに先延ばしだったもんねー」
彼女はスマホで何件か店をピックアップして「予約しちゃうから選んで!」と僕に画面を見せてきた。
僕が店を選ぶと京極さんはそのままその店に電話を掛けた。
「お忙しいところすいません。あのー、明日の夕方にお店予約したいのですが席空いてますでしょうか?」
いつも不思議に思うのだけれど、京極さんは店に予約する時必要以上に丁寧な言い方をした。
彼女自身がずっと飲食店でアルバイトしていたことが原因なのだろうけれど、普段の彼女とのギャップが大きすぎる。
「はい! ありがとうございます……。ではAプランの飲み放題付きでお願いします……。時間には行けると思うのですが、遅れそうな時はご連絡しますのでよろしくお願いしますー。はい、では失礼しまーす……」
彼女は電話を切ると僕と七星くんの方を向いてニヤッと笑った。
「何から何まですいません……。京極さんが一番疲れてるのに……」
「若いのがあんまり気を使うんじゃねーの! 問題ないからさ!」
京極さんは気遣いの人だ。
優しいとかそういう話ではなく、必死の努力で気遣いを身につけた人なのだろうと思う。
おしぼりの手渡し方とか、料理の取り分け方からそれは伺えた。
「ウラちゃんさー。明日USJ行こーよー」
「いーじゃん! 明日ははっちゃけよーぜー」
今日ばかりは七星くんも京極さんと仲が良いようだ。
いや、普段から良いのだろうけれど、珍しく今日の京極さんは機嫌が良かった。
もしかしたら、僕が『バービナ』に入ってから一番機嫌が良いかもしれない。
翌日。
朝から強行軍で大阪観光を楽しんで回った。
といっても、実際に強行軍していたのは京極さんと七星くんだけの気もするけれど……。
USJで京極さんはスヌーピーに抱きつきながら写真を撮り、アトラクションを貪るように乗り回していた。
僕と高木さんは彼女と七星くんに着いて行くの精一杯だ。
「やべー! またあの白いワンコいんだけど!」
京極さんは本日2回目のスヌーピーに向かって走って行った。
「京極さん元気ですね……」
「ほんとだよね……」
僕と高木さんは嬉しそうにはしゃいでいる京極さんをどことなく親にでもなったような気持ちで眺めていた。
「でも……。まー元気になってくれてよかったよ。君も知ってるだろうけれど、この前まで彼女元気なかったからね」
高木さんはため息を吐きながらそう言うと近くのベンチに腰を下ろした。
「七星くんも元気ですよねー。さすが従兄弟同士だと思います……」
「あの2人はなんだかんだ似た者同士だからね。だから喧嘩も多いんだろうけどさ。竹井くんはあんまりはしゃぐタイプでもないから疲れるでしょ?」
高木さんもさすがにクタクタのようだ。
僕にそう言いながらも『着いて行けない』という顔をしている。
「あそこまで元気にはいられないですね……。でも京極さんが楽しそうだと僕も嬉しいので大丈夫です」
「そうだね。竹井くんがすっかり『バービナ』に慣れてくれてよかったよ……。一時はどうなるかと思ったけどさ」
高木さんは座っているベンチの左側に身体を寄せると僕に座るように促した。
僕は彼に一礼すると彼の隣に腰掛けた。
「正直言うと最初は不安だったんですけどね……。京極さん僕のこと嫌いなのかなーって思いましたし……。最初あの人すごく感じ悪かったじゃないですか……」
高木さんは僕がそう言うと「プッ」と吹き出して笑った。
「ハハハ、本当だよね! 俺から見てもアレは最悪だと思ったよ。でもまぁ……。竹井くんがいい子で良かったよ。他の奴じゃきっと京極さんと合わせられなかったと思う……」
相変わらず京極さんは世界一有名な白い犬と戯れている。
七星くんは写真撮影係だ。
「とりあえずこのまま『バービナ』でやっていこうと思っています。皆さんのお陰ですごく楽しいですし、何より京極さんの歌っている姿を見ているのは気持ちがいいですからね」
「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。やっぱりあの子の歌声を近くで聴くのはいいよねー。俺も5年以上側で聴いてるけど今だに飽きないよ」
高木さんの言葉はずっしりと重たい何かが含まれているように聞こえた。
5年以上という言葉以上の重さが込もっている。
「あの……。高木さん?」
「ん? なーに?」
「高木さんは京極さんのこと好きなんですか?」
僕自身でも聞いたことの真意がよくわからなかった。
何となく気になっていた言葉が不意に口から零れてしまったのだ。
「変なこと聞くね。うん、彼女のことは好きだよ。一緒に演奏してる時も好きだし、人間的にもいい子だと思うからね」
「いえ、そうではなく……」
僕はそう言う意味で聞いた訳ではなかった。
「ああ……。女性としてってことかな?」
高木さんの問いに僕は首をゆっくり縦に下ろした。
「マリさん以外で俺にそれを聞いたのは君が初めてだよ……」
「すいません。立ち入ったこと聞いて……。忘れてください……」
僕は言ってしまったことを酷く後悔した。
遠くではしゃいでいる京極さんと隣に居る高木さんとの温度差が余計僕を居たたまれなくさせた。
「その質問に答えるのはマズいと思う……」
高木さんはそれだけ言ってそれ以上何も言わなかった。
その答えに僕は再度後悔した。
答えないということが彼の答えなのだ。
スヌーピーと戯れる彼女はそんなことお構いなしに笑顔を絶やさなかった……。




