ヘカテ—ダーク20
高木さんは一通り話すと水を一口飲んだ。
「七星くん、君が思ってる以上に京極さんはいっぱいいっぱいなんだよ。たしかに苛立って君に八つ当たりするのは悪いとは思うけど、少しだけ彼女の状況を知っていてくれると助かる……」
七星くんは困ったような顔をしている。
「そうっすね……。俺だってウラちゃんが大変なのはわかってんすよ? でも、大変ならそう言って頼ってくれれば良いと思うんすよ……」
「うん、それができる子なら良かったんだけど京極さんはそれが出来る程器用じゃないんだよ。言い方は悪いけど京極さんはそこまで賢くはないからね……」
結局その日は何も解決しないまま話し合いが終わってしまった。
高木さん的には京極さんは不器用な人だから少しだけ許してやってほしいと言うことだとは思う。
でも、残念ながら七星くんも決して器用な人間ではなかった……。
不器用な人間同士の関係修復は非常に難しいと思う——。
数日後、僕は意を決して京極さんに会うことにした。
この前の病院の一件以来、顔を会わせるのが怖かったけれど、いつまでも逃げてはいられない。
僕は彼女の家の近くのタリーズコーヒーを指定して会うことにした。
このタリーズコーヒーは喫煙可能だし、彼女のゆったりした気持ちで僕と向き合ってくれるだろうと思う。
「ひっさしぶりー! 竹井くんのほうから連絡くれるなんて珍しいじゃん?」
「お久しぶりですー。忙しいのにすいません……」
七星くんの話とは裏腹に彼女は機嫌が良かった。
「大丈夫だよー! 丁度息抜きしたかったさー。あ、吸っても良いかな?」
彼女はそう言いながらもポケットから取り出したマルメンを既に口にくわえていた。
「いいですよ、そのためにこの店を選んだ訳ですし……」
「っ! ほんっとに君は気がつく子だよねー! 気遣いがすげー嬉しいわ」
京極さんはそう言うと嬉しそうにタバコに火をつけた。
彼女は美味しそうにタバコを吸っている。
あまりに美味しそうでタバコメーカーのCMのオファーさえ来そうだ。
「で? 何か用事あるんでしょ? 大学の行事とかあったらスケジュールは調整するけど?」
「いえいえ、今日は特に用事はないんです。8月はまるまる予定空けましたしね」
僕のその返答が予想外だったのか京極さんは少し驚いた顔をした。
「へ? てっきり用事あるのかと思ったよ……。じゃあ今日はどうして?」
「すいません……。今日はただ京極さんと話したいなーって思っただけなんです」
「あ、そう……」
京極さんは拍子抜けしたようだ。
彼女的には僕は用事がなければ連絡してこないと思ったらしく、不思議そうな顔をしている。
「最近お忙しいんですか?」
僕は本当に当たり障りのない質問をした。
大体の場合、僕の会話の糸口は当たり障りがない。
「そうねー。うん、めっちゃ忙しいよ! 来週からデビューツアー始まるし、最終公演の野音まで詰めなきゃいけないからねー。あとはセカンドシングルの広報かなー。まー、シングルの発売終われば少しは落ち着くけどね……」
そこまで話すと彼女はタバコを灰皿に押し当ててもみ消した。
「本当に忙しいですねー。あまり無理しないでくださいね。もし、手伝えることあれば何でもしますので……」
「ありがとー。でも大丈夫だよ? お陰さまですっかり段取りはついたし、あとは実行あるのみだよ。それよりツアーでのドラムの練習お願いね! それが第一だからさー」
京極さんは相変わらず優しかった。
自分が一番大変なのに僕のことを最優先に考えてくれているようだ。
相変わらず瞳の奥は暗闇のままだけれど……。
「本当に何から何までありがとうございます。いつも助けてもらっちゃって……」
「こちらこそだよー。竹井くん入ってくれたお陰でツアーも出来る訳だし大助かり! それに七星もすっかりお世話になっちゃってるみたいだし逆に申し訳ないかなー」
「あの京極さん……」
「なーに?」
京極さんは首を傾げながら僕の瞳を覗き込んできた。
何回も思ったけれど、近くで見る彼女の顔はとても可愛らしい。
その瞳は夜空い浮かぶ新月のように真っ暗だった。
「この前はすいませんでした……。何か良くもわからないのに偉そうなこと言って……」
「この前? ああ……。いいっていいって、私も話したかったからちょうど良かったよ。それに竹井くんの意外な一面が見れた気がしてアレはアレでよかった」
意外な一面?
一体、どの発言からそう思ったのだろう?
「あの、松田さんその後どうですか?」
「もうすぐ退院出来るみたいよ? しばらくは自宅でリハビリ生活だってさ! まぁ気長にリハビリしてもらいたいよねー。せめて杖ついて歩けるぐらいになるといいんだけどさー」
「そうですね。松田さんには早く回復してもらいたいです! 僕も一度お話ししてみたいですし……」
僕がそう言うと彼女は少し難しい顔をした。
七星くんにお見舞いの相談をした時の表情に似ている。
「それはちょっとやめといた方がいいかな……」
何となく察していた。
京極さんとしては松田さんと僕をあまり会わせたくはないだろう。
「無理にって訳ではないんです。ただ、何となく会えればなーって……」
「そーねー……。機会あればね……」
彼女は2本目にタバコに火を着けた。
「やっぱり僕では松田さんの代わりは務まりませんよね……」
自分でも意外だった。
思っていたことが勝手に口から出てしまった。
後悔したけれど、既に吐かれてしまった言葉を取り消すことはできない。
「すいません……。余計なこと言いました!」
それでも取り消さずにはいれなかった。
きっとこれは京極さんが一番困るであろう言葉だから。
京極さんは「うーん」と唸りながら僕に返す言葉を探し始めた。
探したところで掘り尽くされた金鉱を掘っているようなものだとは思うけれど……。
「あのさー……。前にも言ったけど、竹井くんには大志の代わりを期待してないから大丈夫だよ……? 期待してないって言い方したから気にしてたんだと思うけど、私はそういう意味で言ったんじゃないからさー」
僕は相づちも打たずに彼女の言葉の続きを待った。
彼女は再び「うーん」と唸りながら言葉を探している。
「結局ね……。私の主目的は『バービナ』の存続なんだよ。今後、『バービナ』で何曲か曲作ってそれなりに売ってさ。ライブもそれなりの頻度でやって行きたいんだ。だから、大志のことは関係ないんだよ? 確かに彼は私にとって大切な人ではあるけど、それはこれからの『バービナ』とは一切関係ないからさ……」
僕はその言葉を半分しか信じられなかった。
確かに彼女の言う通り、『バービナ』の存続が目的ではあるのだろうけれど、それが本来の目的ではないと思う。
「あの京極さん? じゃあお聞きしますけれど、もし松田さんが復帰可能になったらどうしますか?」
僕はかなり底意地の悪い質問を彼女にした。
「難しい質問だね……」
僕自身この質問の不毛さには気づいていた。
でも聞かずにはいられない。
「仮に大志が復帰できたらいいなーとは思うよ? でもさ、今は竹井くんがウチのドラムだからね……。結果的には大志に戻ってもらう訳にはいかないかな……」
煮え切らない。
でもその返答に僕は彼女の本心を見た気がした。
結局のところ、僕では松田大志の代わりを務まらないのだ。
彼女の中での正義と倫理で僕は残されているに過ぎない。
「京極さん、これは僕からの提案なんですが……」
僕は不条理にもこの不毛な会話をこれ以上続けたいと思っていた。
僕は自分の手首に刃物を当てるように彼女と向き合った——。




