Track6 Moon child
あれは2017年の9月の出来事だ。俺とジュンとウラは地元から神奈川へとライブ遠征した。当時の俺たちはまだ駆け出しで、ウラに至ってはまだ未成年だった。
「わぁー、ウラ姉さん置いてかないでー」
「茜ちゃん手握りなよ! さすがにこんなに混んでたらはぐれっからさ」
俺たちは横浜アリーナの入り口付近で人の波に飲まれていた。ウラは友達の中学生の少女と一緒に手をつなぎながらアリーナの入り口へと向かっていった。
咲冬茜。ウラの友達の少女の名前だ。彼女はアリーナに来るとキョロキョロしながら人の波に興奮しているようだ。どういう訳か俺たちの対バンに彼女はついて来ていた。
「ねー大志やっぱアフロディーテすげーって!! 何人ファンいんだよこれ!?」
「そりゃすげーよ! 国内のパンク系バンドの中じゃトップレベルだからなー。茜ちゃん大丈夫か?」
「うん! 大志さんありがとー。あたしは大丈夫だよー! テンションあがってきたー!」
茜ちゃんは嬉しそうにはしゃいでいる。当然のことながらウラも相当興奮しているようだ。それにしても収容人数17000人もあると思うとかなり大きなハコだ。
「大志。席は割といい席とれたんだよな?」
ジュンはそう言ってチケットをヒラヒラと指でつまんで振った。
「お前そんなことしてるとチケット飛ばさるぞ? 一応はS席取れたから割といい席なはずだよ」
俺はアフロディーテのチケットを知り合いの伝手で手に入れることができた。こういう時にコネがあるのはありがたい。俺たち3人は全員アフロディーテに憧れてバンドを始めた口なので否が央にもテンションが上がった。特にウラは普段以上に落ち着きがないように見える。
ロープで仕切られた列をノロノロと前に進む。パンク特有の服装をしたファンが多いけど、割と普通な服装をした学生も多くいるようだ。俺たちが彼らのファンになった当時はコアなファンが多かった気がするが、今は割と幅広く支持されているようだ。まぁ、それだけ知名度が上がったってことなんだとは思うけど。
俺たち4人は列に揉まれながらもどうにか自分たちの席までたどり着くことができた。会場でファンたちは騒めき、スーツを着て腕章を付けたスタッフたちが忙しそうに走り回っている。
「マジで来ちゃったよー。信じらんない、夢みたいだ!」
「ほんとだねー。もうすぐ開演だし興奮するね!」
ウラとジュンは珍しく仲良さげに会話している。普段この2人の間には妙な距離……。っていうか溝のようなものがあるんだけど、今日はそれが無いように思う。
「大志さん! 今日はありがとうございます。あたしまで連れてきてもらえてすごくうれしいです!」
「どういたしまして! たまたまチケット余ったから無駄にするくらいなら来てほしかったんだ。だから気にしないでいいよ」
「わーい! 大志さんほんとにほんとにありがとー」
茜ちゃんは嬉しそうにしながら俺にぺこりと頭を下げた。
いつも思うのだけど、ウラの女友達は一様にしてみんな礼儀正しくて穏やかな子が多い気がする。当の本人がやさぐれているから余計そう見えるだけかもしれないが。
アリーナ内の緊張感が高まる中、ステージ上のモニターにはライブ中の注意が流れている。そんな注意書きが数回流れるとモニターの画像が切り替わった。
アリーナの空気が一瞬にして変わり、ステージを取り囲むようにしている客席からは今まで聞いたことがないほどの歓声が上がった。
モニターに順番にアフロディーテのメンバーの画像が表示される。ベース、ギター、ドラムの順番でメンバーが表示されるたびに客席から黄色い歓声が上がった。観客たちのボルテージは一気に高まり、アリーナ内は熱に包まれる。
最後にヴォーカルのThukikoがモニターに表示されると今までの比ではないほどの歓声が上がる。観客たちは狂ったかのように奇声を発していた。
アフロディーテのメンバーの映像が一通り流れるとモニターは消え、会場は一瞬の静寂に包まれた。
5秒にも満たない静寂の後、アリーナ中にドラムロールが鳴り響いた。「デザイア」だ。
ギターのけたたましい咆哮が会場を包み込み、ヴォーカルの歌声がアリーナ中に鳴り響く。何回も聞いたはずの曲なのにまるで初めて聞いたような錯覚に陥る。Thukikoの声はまるでこの世のすべてを支配するかのように激しくそして美しかった。
彼女は観客たちを支配することが楽しくて仕方ないような歌い方をした。そういった意味ではウラとThukikoは似ている気がする。実際キャリアはまるで違うから比較するのもおかしな話なのだけれど。
俺たちはアフロディーテにすっかり飲み込まれていた。ジュンも茜ちゃんも手を振り上げて食い入るように彼らを見つめている。ウラは……。俺はそう思って横にいる彼女に目をやる。ウラは涙を浮かべていた。
「デザイア」の演奏が終わると、マイクを調整したThukikoがステージ中央から客席に歩み寄ってきた。
「横浜のみなさん、こんばんは!! 今日はぎょうさんお客さん入ってもらえてウチ嬉しいわぁ。ほんまありがとう。みんな知ってるかも知れへんけど、ウチ普段は京都に住んでんねんな。関東に来るたびこうやって出迎えてもらえてほんま嬉しい!!」
Thukikoは特徴的なイントネーションがある関西弁で観客たちに話しかけた。
「今の曲はな。ウチらがまだ駆け出しの頃にケンちゃんが作ってくれた曲やねん。古い曲やさかい知ってる人あんまおらへん気がするわ。それなのにみんな盛り上がってくれてありがと!!」
「デザイア」は俺たちのバンドにとって特別な曲だった。初めてウラと会った時に最初にセッションした曲だ。それがライブの一発目にやってくれて俺は嬉しかった。おそらくウラもジュンも同じ気持ちだろう。
アフロディーテのライブは終始盛り上がった。俺たちはヘトヘトになりながらもずっと手を振り続けていた。曲の合間にメンバーたちのMCが入る。彼らはまるで地元の友達同士で世間話でもするかのようにMCをしていた。ここまでメジャーなバンドになったのにノリは今でも関西のローカルバンドのようだ。
「やべーよ! やべーよ! やべーよー」
ウラは終始やばいと言い続けていた。語彙力なさすぎだろ。
「すっかり暗くなったね! いやぁ、マジで楽しかったわぁ。そういえばな、ウチら明日は神奈川県観光すんねん。横浜中華街行きたいわぁ。あと鎌倉にも行ってみたい! でな、でな、箱根にも行きたいねんて!」
「Thukikoぉ。ええかげんにしーや! そんな一日で回れるわけないやろ? 俺も疲れとんねんから。大概にしろや」
Thukikoとギターのケンジがステージ上でMCというか世間話をしている。この2人は幼馴染らしく、かなり息があっている気がした。
「ケンちゃん何? ウチと出かけたくないんか?」
「お前と出かけると疲れるねん!」
「だらしないなー。ケンちゃんウチと同い年やねんからもっと楽しまんと!」
「わかった。しゃーないなぁー。明日飯には連れてってやる」
彼らはふざけているように会話していた。客席からも笑い声が起こっている。
「したら名残惜しいけど、最後の曲や! みんな今日はありがとー」
アフロディーテのライブの最後の曲は毎回決まっていた。「ドールフェイス」。彼らがメジャーデビューしたときに出した楽曲だった。
ライブは大盛り上がりで終わった。俺たちは興奮が収まらない。特にウラはテンションが上がりまくっている。
「もうやばい! ケンジさんちょーかっこいい!!」
「だなー。やっぱアフロディーテは最高だな!」
俺とウラは余韻に浸りながらアリーナから駐車場まで歩いて行った。茜ちゃんは疲れてしまったのか俯いている。
「大志ありがとーねー。いや俺も来れて本当によかったよ。持つべきものは友達だな」
ジュンはそう言って俺の方を叩いた。こんな時だけ友達づらされるのもどうかと思うが。
「うっしゃ!! 私らも明日のライブ成功させよう! 打倒アフロディーテな勢いで!」
ウラは目をギンギンさせながら俺にそう言った。
明日は遠征先の対バンだ。どうにか無事に成功するようにと俺も願った。