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ヘカテーダーク14

 街路樹からはけたたましい蝉の鳴き声が聞こえる。

 病院の駐車場は熱が籠りすぎて遠くに逃げ水が見えるほどだ。

 あまりの暑さに僕は病院の受付にたどり着けるか不安になった。

 熱中症で倒れてしまうかもしれない……。

「あっついなー……」

 僕は独り言のように呟くと汗を拭って病院に入った。

 院内は冷房を効いていて涼しい。むしろ寒いくらいだ。

「あのー、すいません……。面会お願いしたいんですけど……」

 僕は受付の女性に話を通すと簡単な書類にサインした。

「ではこのプレートを付けてください! 整形のリハビリ病棟はこの廊下を真っ直ぐ行って階段を昇った先です!」

「ありがとうございますー」

 僕は受付の女性に礼を言うと廊下を真っ直ぐ進んで行った。

 院内は病院特有の臭いで満ちている。

 消毒液の臭いと病院食の臭いが混ざり合って気分が悪くなりそうだ。

 僕は教えてもらった階段を昇り、松田さんの病室を目指した。

 3階に着くと僕はリハビリ病室の部屋番号を確認しながら足を前に進める。

「ここか……」

 松田さんの病室は個室のようだった。ドアは閉まっている。

 僕が意を決してドアを開こうとすると病室の中から声が聞こえた。

 どうやら先客がいるらしい。

「お前はよー。ほんとにしょうがねー奴だな!」

 中から男の人の声が聞こえた。おそらく松田さんの声だ。

「うっせーし! 大志だって同じ立場だったら絶対そうすっから!」

 女の人の声が聞こえた……。

 明らかに聞き覚えのある声と話し方だ。京極さんが来ているらしい。

 その声を聞いたせいで僕はすっかり病室に入るタイミングを逃してしまった。

「ちったー良くなったんでしょ? 再来月のライブには復帰できんじゃね?」

 京極さんはふざけた口調で松田さんに言った。

「出来るわけねーだろ……。お前は本当に病人に優しくねーのな?」

「早く復帰してくんないとほんと困るんですけどー? あのバカと話してると頭が痛くなるよ! 大志ならアイツうまく操縦できるのになー」

 京極さんは七星くんの愚痴を言っている。

「七星だって一生懸命なんだぞ? お前はアイツをもっときちんと評価してやれよ!」

「ぜってー嫌だし! 後から入った子の方がずいぶんと良く出来るんだよ! やる気もあるしさ!」

「えーと……。タケイくんだっけか?」

 どうやら話は僕のことに飛び火したようだ。

 余計入りずらい。

「そそ! 賢い子でさー、私の意図もちゃんと読み取ってくれるから助かるんだー」

 少し顔が熱くなるのを感じた。他人相手に自分が褒められてる場面に居るのは恥ずかしい……。

「よかったじゃねーかよ! ジュンの話だと俺よりもドラムうまいらしいし、引き継ぎ完璧だな」

「そうね……。でも竹井くんはただのドラマーだからさ……」

「あ? なんだよ? いい子なんだろ?」

 雲行きが怪しくなってきた。

 でも僕は盗み聞きをやめられなくなっていた。

「いい子だよ! でも別に大志の後継者だとか代わりって訳じゃない! 彼は彼でウチのドラマーってだけだからね!」

「お前よー……」

 その話を聞いて僕は複雑な気持ちになっていた。

 確かに京極さんは松田さんの代わりになるなんて期待してないと言っていたけれど、こうもはっきり言われると悲しい気持ちになる……。

「ねぇ大志……。正直、今の『バービナ』は私の理想の『バービナ』じゃないんだ。大志の言う通り七星が頑張ってるのは知ってる! ジュンがどれだけ工面してるかもね……。でも何か違うんだよ」

「そりゃあそうだろ? メンバー編成が変わってメジャーデビューしたんだから当然じゃねーか」

「あーね……。もっとはっきり言うよ! 私にとっての『バービナ』は大志とジュンなんだ。3人でやってた頃が一番楽しかった。私の腕が使えなくなったときに1つ失われたけどさ……」

 京極さんが肩を落としている様子が目に見えるようだった。

 彼女は以前までバンドのギター担当で、怪我が原因でギターから外れたことは知っていた。

 その穴を埋めるために加入したのが七星くんだったのだ……。

「問題はいつだって起こるもんだろ? それにお前の腕は治る見込みが出てきてるじゃねーか!」

「まぁ腕に関しては確かに少しずつだけど前に戻りつつあるね……」

「だろ? だったらそんなに悲観しねーで前を向きゃいいじゃねーか!」   

 松田さんの声を聞いていると僕の気持ちも落ち着く。彼の話し方や声はぶっきらぼうに聞こえるが実は優しさに溢れていた。ただ不器用なだけのようだ……。

「でも本当に大志には戻ってきてほしい。そうじゃなきゃやってる意味がないよ……。もし戻ってくれるなら私はどんな犠牲でも……」

 ペシッ!

 言いかけた京極さんの言葉を遮るように何かを叩いた音が聞こえた。

「いってー! なんで引っ叩くんだよ!」

「馬鹿言ってんじゃねーよ!! 鴨川月子じゃあるねーし! お前は犠牲だとかそう言う考え方は似合わねーから!」

 どうやら松田さんが京極さんを叩いた音らしい。

「いいからお前は楽しんで歌えば良いだけだろ? そんで腕治ったら七星と一緒にギターを弾けばいい! ジュンはお前の気持ちを理解して色々してくれるだろうし!」

「でも……」

「女のくせに女々しいこと言ってんじゃねーよ! とにかく! 新しいメンバーも加わったんだから今はそれに集中しろ! 俺も治ったら作曲ぐらいは手伝ってやっから!」

 こんなに弱っている京極さんの声を聞いたのは初めてだった。

 松田さんは終始彼女を励ましていたけれど彼女の中での松田さんの存在は大きすぎるようだ。

 僕は話の途中で病室を後にした。

 どうやら七星くんの予感は見事に的中した。

 僕は後悔を覚えつつ、逃げるように病院から出て行くことしか出来なかった……。

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