ヘカテ—ダーク12
ロイヤルホストの店内は8割くらい混み合っていた。
店員たちも足早にホールを歩いている。
丁度夕食どきなので当然なのだが、店内は慌ただしい雰囲気だった。
「お客様、何名様ですか?」
「2……。あとから1人来るんで3名です!」
京極さんが店員にそう告げると僕たちは4人がけの席へ案内された。
「好きなもん頼みなー! まだ若いんだからさ!」
「ありがとうございます……」
2歳しか違わないというツッコミはしない。
彼女の価値観では1歳下だろうが下は下らしい。
僕はとりあえず若鶏のソテーとサラダを注文した。
京極さんはハンバーグとミックスフライを注文する。細身に似合わずガッツリ食べるようだ。
「ヘルシーだねー。七星ならリブロースステーキと飯とポテトまで頼むのにさー」
「こんなもんじゃないですか? 僕そこまでたくさん食べるタイプじゃないです」
「ま、いいけどさ!」
京極さんは運ばれてきた水を一気に飲み干すと店員を呼んでもう一杯、水を追加した。
「昔っから喉が渇きやすいんだよねー。水分必須なんだよ!」
追加した水を半分くらい飲むと彼女は「ふぅー」と大きく息を吐いた。
「で? さっきの話の続きだけどさ!」
「はい! 松田さんのことですね……」
僕は少し身構えた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。別に隠してた訳じゃないんだ。ただ、特に話すことでもないかなぁーって……。思ってただけでさ。竹井くんがアイツのこと気にしてるのは知ってたんだけど話すタイミングがなくてねー」
彼女は話しながらポケットからタバコの箱を取り出してすぐにしまった。
「あーね……。いつもの癖だ。禁煙だったよね……」
「ええ、今は全席禁煙の店が増えましたからね」
「全く嫌になるよ! これだからさー、愛煙家のことをちゃんと考える店の方が私は好きだなー。ルノアールとかコメダならよかった……」
彼女は嫌そうに首を振った。
「今思えば大志もそうだったなー。アイツと出かける時はだいたい喫煙席がある店だったよ。それこそルノアールにはいつも入り浸ってた! ジュンはタバコ吸わないし、私も気を使って禁煙席選ぶようになったから余計嫌になるよ……」
京極さんは嫌そうな反面、懐かしそうな顔を浮かべている。
まるで田舎の家族に思いを馳せるように彼のことを思い出しているようだった。
「松田さんとは最近会ってないんですか?」
「会ってるよ! まだ入院中だからお見舞いに行くだけだけどね。ちょっとでも元気になってるみたいだから良かったよ」
「経過は順調なんですか?」
僕の質問に彼女はまた難しい顔をして考え始めた。
彼女はこの手の質問をすると必ずと言っていいほど眉間に皺を寄せながら考え込む。
「順調っちゃ順調かな……。とりあえず傷口は塞がったっぽいし、痛みもないってさ。あと少しリハビリしたら退院できんじゃねーかな?」
そんな話をしていると店員が料理を運んできた。
予想通り京極さんの前にはボリューム満点のメニューが並ぶ。
「じゃあ、温かいうちに食べようか!」
京極さんは料理をそれはそれは美味しそうに食べていた。
ハンバーグを頬張る彼女は本当に嬉しそうで本当の子供のようだ。
「松田さん早く退院できるといーですねー」
「ん? そだね! 早く良くなってもらいたいよー! まぁ退院してもすぐに社会復帰できるかはわかんないけどね……」
彼女は食事の手を止める事なく続ける。
「ジュンから聞いてるとは思うけど、大志はもう前みたいな生活が出来ないんだ。不幸中の幸いは莫大な慰謝料だけど……。でもどんなにお金があったって大志は昔みたいな生活は出来ないと思う……」
そこまで話すと京極さんは両手に持っていたナイフとフォークを置いた。
「災難っていっていのかわからないですけど……。酷い話ですよね」
「酷い……ねぇ……。ほんと酷いよね……」
当事者にしか本当のことはわからないけれど、彼女が辛いということだけは察することが出来た。
僕は彼女に掛ける言葉が見つけられない。
こういう場面が苦手だ。
僕みたいな中途半端な人間が何を言っても薄っぺらい言葉にしかならない気がした。
「他には? 聞きたいことあれば何でも言ってよ! 気兼ねするこたーないからさ」
彼女は優しい口調のままだ。
「京極さん? 本当は僕も色々聞きたいと思ってきたんです。でも……」
「でも? 何?」
でもと言ったもののうまい言葉が見つからない。
いや、もともとそんな言葉なんてなかったのかもしれなかった。
「うまく言葉に出来ないんですが……。初めて京極さんと会ったときに『この人とはわかり合えない』と思ったんです。その時はその理由がわからなかったんですが……。今はその理由が少しだけ理解出来た気がしたっていうか……」
自分で言っていて意味が良く分からない。
いったい僕は何が言いたいのだろう?
「それで?」
京極さんは態度を変えず続きを促した。
「たぶん京極さんは何か大切なものをなくしちゃったんじゃないかなー思います。松田さんがどうだとか『バービナ』がどうだとかとは別の何かなんですが……。すいません、やっぱりうまく言葉にまとめられそうにないです……」
「そう……」
僕たちの間に気持ち悪い沈黙が流れた。店内は割とうるさいのに僕と京極さんの間だけ氷の密室のような静寂が満ちている。
「やっぱり君を選んで正解だったみたいだね……」
京極さんはぽつりと呟いた。
「え?」
僕の疑問の声を無視するように彼女は続ける。
「やっとね……。掴めると思った幸せが逃げていったんだ。その時思ったんだよねー。『あー、やっぱり私は幸せにはなれない女なんだ』ってさ……。そんなことが続きすぎたのかな? だから空っぽな自分にもすっかり慣れたよ」
彼女はまるで僕以外の誰かに伝えるように呟くと何もない宙を見つめた——。
少し時間を置いて高木さんがロイヤルホストにやってきた。
「あれー? 竹井くんも一緒?」
「お疲れー! おせーじゃんよ! 先に飯すませたよー」
「ごめんごめん! じゃあ早速打ち合せしちゃおうか?」
それから京極さんと高木さんは今後の予定について打ち合せをした。
さっきまでのことが嘘のように京極さんは笑いながら高木さんと話している。
僕も話に参加していたけれど、正直頭に何も残らなかった。
「はい! したら打ち合せは終了! 2人とも来月は気合い入れて頑張ろう!」
京極さんは力いっぱいそう言うと、最後に「特に七星」と付け加えた……。
言葉に出来ないけれど、彼女の中にある『何か』に触れたような気がした。
僕は彼らと別れると1人車を走らせて明治通りを戻った。
京極裏月のあの言葉が亡霊のように僕の耳に残っていた——。




