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Track42 追憶と夢のない夜

 本当に忙しい3月だった。仕事もそうだけど、それ以上にバンド活動が忙しかった。かれこれはもう5年近くバンド活動をしてきたが、ここまで濃密な1ヶ月は初めてだろう。

 思えば色んな人に助けてもらえた。真木さん、百華さん、高橋さん、マリさん……。それ以外の人たちにもかなり世話を掛けた気がする。

 久しぶりにその日は他のバンドメンバーとも会わずに1人部屋でゆっくりしていた。気が抜けたせいか体中が怠い……。

 タバコの吸いすぎか喉が痛かったのでその日は珍しくマルボロに手を伸ばさなかった。

 『バービナ』のメンバーたちもさすがに今日あたりはゆっくりしているはずだ。

 俺はアパートのサッシを開けると薄汚れた夜空を見上げた。ナトリウム灯の明かりに照らされた夜空は中途半端な夕焼けのように鈍いオレンジ色をしていた。

 そういえば、寒い日も少しずつ減って春らしい日が増えてきたようだ。そんな細やかな季節の変化さえ俺は全く気にも留められなかった訳だが……。

 俺は自宅のソファーに寝転んで缶ビールを空けると、テレビでサッカー中継を見始めた。国内リーグ戦でちょうど俺の地元のチームが出場している。

 試合はお互いに点が入らないまま、後半のアディショナルタイムを向かえていたが、最後に俺の地元のチームがねじ込むようにシュートを決めた。相手チームが落胆しているのが目に見えて分かる。試合は1対0で俺の地元チームの勝利で終わった……。

 俺は試合を見終わるとテレビを消してベッドに身を投げた。サッカー中継はつまらないわけではなかったけど、俺には熱中する程の体力が残っていなかった。

 気がつくと俺は意識を眠りの深淵に持って行かれた。いつも思うのだけれど、夢を見ず眠っていう状態は不可思議だ。意識がない。最も死に近い状態――。

 翌朝。

 俺は目覚まし時計に無理矢理起こされた。そのけたたましい音は俺を酷く不快な気持ちにさせる。

 シャワーを浴びて眠気を飛ばすと、朝食を軽く食べてから歯を磨いた。洗面所の鏡を覗き込むとそこには疲れを蓄えた男の顔があった。本当に嫌気がさす……。

 その後はいつものようにスーツに着替えて、最寄り駅から会社まで通勤した。ありふれた日常なのになぜか今日は気怠くこのまま何処かへと行ってしまいたい気分になる。

 会社に着くとタイムカードを切って作業に取りかかった。『バービナ』関係の活動に力を入れていたせいか、仕事があまり手に付いていなかった。今日はさすがに片付けなければいけないだろう。

「松田せーんぱい!」

 俺が作業していると後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。

「おぉ! お疲れ! 営業所まで来るなんて珍しいな!」

「えへへ、今日はお使い頼まれたので来ちゃいました! あ、お姉ちゃんがよろしくって言ってましたよー」

 真木さんは笑顔でそう言うと、俺に茶封筒を差し出した。

「ん? なんだ?」

「あ、ここでは開けないで下さい! 仕事の資料とかじゃないです! お姉ちゃんから預かったDVDなんですよー」

「ああ、例のDVDか……。出来上がんの早えーな」

「試作品らしいです! 一応、バンドメンバーにも見て貰って欲しいってお姉ちゃんが言ってたので! 4枚入ってるのであとでウラちゃんたちにも渡してあげて下さいねー」

 真木さんはそう言うと頭を下げて小走りで営業部を出て行った。最初会った頃に比べて彼女は明るくなった気がする。以前の彼女はもっと根暗で、はっきり言えば地味な女だった。でもこの頃の真木さんは少し洒落っ気も出てきた。

 俺はバンドメンバーにプロモのDVDが出来上がってきたことをLINEで送った。

 最初に返事を寄越したのはウラで、「仕事終わったらすぐ見たい」と速攻で返してきた。雰囲気から察するに今日も七星と一緒のようだ。

 その日の仕事は予想通り、残業で遅くなってしまった。メンバーたちからは(というよりウラから)、まだ終わらないのかと催促の連絡が何回もあった。

 どうにかこうにか仕事を片付け終わると俺は会社を出た。

「お疲れ! 待ちくたびれたよ!」

 会社から外に出ると社屋の目の前で、ウラがガードレールに寄りかかるように待っていた。彼女の長い黒髪が春風に揺れている……。

 彼女の顔を見ると俺は全身から力が抜け自然と口元が緩むのを感じた。

 4年前からずっと認めずにきたけど、どうやら俺はウラのことが……。

 と思いかけて、その気持ちに再び蓋をした――。

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