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Track38 負け犬は静かに逃げ、猫は自由に生きる。

「えーと……。月見る……。うーんと、月が見える……」

 ウラはルーズリーフに殴り書きのように文字を書いては頭を抱えている。

 都内のファミリーレストランで彼女と作詞をしながらまったりとした時間を過ごしていた。

「珍しいなー。お前いつものらもっとガーッって書き上げてんのに」

「さすがに私だって今回は気を使うよー! 『バービナ』の命運が掛かった曲だし! 幸い曲はほぼ完成だから良かったけど……」

 作曲自体はメンバー全員の意見の摺り合わせも終わり、どうにか形になっていた。歌詞もある程度方向性は決まっているものの、ウラの拘りが強すぎるのかなかなか進まずにいるようだ。

 高橋さんから曲の締め切りが言い渡され、あと3日後にはクライアントに提出しなければいけない。それなのに順調に作詞は遅れているようだ。いつものことだが……。

「あーもー! 出来ねーよー。もう嫌だー。帰って寝たいー。だらけきった生活を送りたいよー」

「お前、それ七星に聞かれたら、さすがのあいつも怒ると思うぞ?」

「あの子が居ないから言ってんじゃんよ! 大志さー、なんか良いアイデアない?」

「さっきから散々アドバイスしてるだろ? それをお前ずっと却下しまくってるじゃねーか……」

 極め付けに自己中だ。実にウラらしい。最悪過ぎる。

 ウラはすっかり飽きてしまったようで、ドリンクバーですべてのジュースをミックスして飲んで「不味ぃー」とか言って遊んでいる。

「なんかねー。ストーリー性が欲しいよね!! 新社会人の辛さとか葛藤とかそんなのばっかじゃ応援ソングになんないしさー」

「だな……。曲調が明るいんだからもっと楽しい内容にしないとなー」

 だらだらした時間だけが過ぎていく。ファミレスの店内も気がつけば俺たちだけになっていた。追加注文しないとそろそろ追い出されるかもしれない。

「そういえば、瀬田からあれ以来連絡ねーのか? 『アフロディーテ』抜けたからもう関係ねーかもしんねーけど」

「んー? 1回連絡あって私の部屋にやってきたよー。たいした話もしないで帰したけど」

「そっか……。ってお前あの男部屋に上げたのかよ!?」

「仕方ないじゃん? だってどうしても会いたいって言われたんだよ。まぁさすがに最初は断ったけど……。あんまりしつこいから1回だけって約束で会ったんだ」

 ウラはそう言うと、瀬田との話を聞かせてくれた。彼女曰く、クソウケる別れ話を――。


 北海道でのライブが終わった翌週、瀬田さんが私のところに連絡を寄越してきた。

『ひさしぶり……。元気してる?』

 奴は電話口で普通に私に聞いてきた。普通過ぎて引く程の普通さだった。普通なことに異常性を感じるほどの普通さだ。

 イマワタシナンカイ「普通」ッテイッタ?

「あー、元気してるよ。お陰様でね。瀬田さんは?」

『相変わらずさ、お前が抜けてから鴨川さんずっと癇癪起こしっぱなしだけどそれ以外は変わらないよ』

「そりゃあよかったね」

『よかねーよ! お前さぁ、人にどんだけ迷惑掛けてんだよ!』

 テメーに「お前」呼ばわりされる筋合いねーよ。と内心思いながら適当に流した。

『なぁ? 今からでも遅くねーからこっち戻る気ない? 俺からも鴨川さんに話してやるからさ』

「悪いけど、戻る気はないよ。バンドみんなで決めたことだし、今更戻ってもしゃーないじゃん?」

『でもお前、鴨川さん怒らせてバンド活動出来る状態じゃねーだろ? あの人だってきちんと話せば分かってくれるって! 何よりあの人にはウラちゃんが必要なんだからさー』

「……。仮に月子さんが私を必要だとして、私はあの人が必要だとは思わないね! それと瀬田さん? 私のこと『お前』呼ばわりすんの止めてくんない? 正直、すんげー嫌なんだけど?」

 私のその言葉に奴は言葉に詰まった。あの嫌な息づかいだけが電話口から聞こえる。

『お前……。君すごく変わったよ……。前はもっと素直だったのに……」

「素直だった? はぁ!? アレが素直だったと思うならあんたは私のこと何も理解なんかしてなかったって事だね! じゃあもう切るよ! 話すこともねーし!」

『おい待てよ! ちょ!?』

 ブチ! 本当に切ってやった。クソウケる。

 まったく嫌気がさす。奴は何も理解していない。自分基準の理想論を他人に強要するエゴイスト。月子さんほどイカレてはいないけど、中途半端に社会適応してる分、質が悪い。

 おそらく私の前にも何人か女を喰っているはずだ。既婚者のクセに。

 不倫は犯罪です。

 不倫は犯罪です。

 大事なことなので2回言いました!!

 私はスマホをテーブルに置こうとするとまた奴から着信が入った。

 私はどれくらい鳴らすかと思ってスマホをテーブル上で放置してみた。スマホはバイブレーションで震えながら机を横に移動していき、動きすぎてテーブルから落下した。

 落下した後も2分くらい放置してみたが、電話が切れる気配はなかった。さすがにイカレすぎている。私は呆れたけど、面白そうなので電話を取ってみた。

『もしもし!! なんでお前電話でねーんだよ!! 急に切りやがって!!』

「んー? だって話すことないっていったじゃんよ! それにしても瀬田さん忍耐強いねー。バイブで机の上携帯暴れ回ってたよ」

『お前マジ舐めんなよ!! さもねーと……』

「さもねーと? 何? どうすんのさ?」

 私がそう言うと奴は黙り込んでしまった。

『なぁウラちゃん……。確かに俺も君に対して酷いことしたって認識はあるんだ……。辛い思いさせたし、鴨川さんから上手く守ってもやれなかった……。でもな、俺は君に戻ってきて貰いたいし、君には『アフロディーテ』の元でもっと活躍してメジャーデビューして貰いたいんだ……』

「……。言いたいことは分かったよ……。でもさー、瀬田さんはきっと変わんないと私は思う。もちろん変わる変わんないは瀬田さんの勝手だからいいよ? でも正直私はあなたのこと信用できない。はっきり言って悪いんだけどさ」

『そうか……。なぁウラちゃん? もしウラちゃんが許してくれるなら1回だけで良いから会って貰えないか? この前あんな別れ方しただろ? 俺としてはもっとちゃんと話したいんだ……」

「私はもう話すことなんてないよ! 会ったってきっと結論は変わんないしさ」

『それでも……。頼むよ……』

 その後も奴は食い下がって私に会いたいと言い続けた。さすがに私もそんな奴に同情せざる得なくなる。

 まぁいい。会ってやろう。上から目線過ぎる気もするけど――。

 電話した日の夜、瀬田さんは私の家へとやってきた。彼はどこで見つけたのか、おしゃれなパッケージの洋菓子の袋をお土産に持ってきた。高級な餌を持ってくれば懐くとでも思っているのだろう。浅はかな話だ。

「やぁ、本当に久しぶり……。ウラちゃん少し痩せた?」

「うん。前みたいに宴会とかしないからね。なんか飲む? お茶くらいなら出せるよ!」

 私は紅茶のティーパックを用意してケトルからお湯を注いで彼の前に置いた。

「ありがとう。この部屋は変わらないなー」

「うん。基本的に余計なモノ置かないようにしてるからね! せっかくだからみんなの話聞かせてよ! 月子さん含めてさ……」

 私がそう言うと奴は『アフロディーテ』の関係者の話を聞かせてくれた。

 私が抜けた後、健次さんの仕事が急激に増えたらしい。彼は月子さんの我儘に今まで以上に振る舞わされてるようだった。月子さんのマネージメント関係の大部分は亨一さんがしているようだ。まぁ彼意外に『アフロディーテ』のマネージメントをまとめる人間はいないだろうけど……。

 奴の話で一番驚いたのは充さんが健次さんのサポートに力を注いでいるらしいということだった。元々、充さんは完全にドラム専門で演奏以外では非協力的だった。そんな彼が運営に協力していると言うことがとても妙に思えた。

 充さんははっきりいえば、月子さんが大嫌いだった。バンドマンとして月子さんのことを評価する一方で、彼女の性格を相当毛嫌いしていたから……。

「……。そんな感じかなー。あとはスタッフ間であんまりいざこざもなくやってるよ。鴨川さんのことも含めてとりあえずは何とかなってるかな……」

「そう……。話してくれてありがとう。私も健次さんたちのこと心配だったからそれを聞けて安心した」

「そう思ってもらえたならよかったよ。ねえウラちゃん? もう何回も話したけど、やっぱり『アフロディーテ』に戻る気はないよね?」

「悪いけどないね! 瀬田さんも苦労してんのは分かるから申し訳ないけど、私もやらなきゃいけないことあるからさー」

「そう……。だよね」

 そう言うと奴は目に見えて肩を落とした。

 ざまぁみろ……。とは内心思えなかった。いくらゲスでも奴の苦労は手に取るように分かったから。

「せっかく来て貰って悪いけどさ! それと、もう私たちの関係は終わってるからね! 瀬田さんもこれからは奥さん大事にした方がいいと思うよ? もう子供も大きいんだしさー」

「でも! 俺はウラちゃんが大事なんだよ! 君が居てくれてどれほど救われたか……」

 やれやれ、この話し方だ。この話し方にいつも騙されてきた。人懐っこいこの顔に私は何回も騙された。もう過去だけどね。

「じゃあいいよ? もし瀬田さんに覚悟があるなら前みたいな関係に戻っても良いよ」

「もちろん覚悟してるよ! だから……」

 私は意地悪をすることにした。結論は見えてるけど。

「別に奥さんと別れろとかそんな馬鹿なことは言わないよ。でも『アフロディーテ』の関係者にはこの関係を周知して貰おう? もしそれが出来んなら考えなくもないよ!」

「な!?」

「大丈夫だよ。あの人たちはそういう話には信頼性高いし、亨一さんはスキャンダル警戒してるから尚更隠してくれると思うよ? それに瀬田さんがもし私を本当に愛してるんならそれくらいどうってことないでしょ? むしろ胸を張って自慢出来んじゃないかな?」

「何言ってんだよ? 自慢できる話なんかじゃないんだから! そんなこと出来る訳……」

 そう言いかけて彼は黙り込んでしまった。

「ハハハ、分かってるよ! 意地悪で言っただけだよ! 分かったら帰って貰っても良いかな? そして……」

「そして……?」

「2度と組んじゃねーよ!」

 私のその言葉に奴は何も言い返すことなく帰って行った。

 サヨナラ、私の執着の人――。


「そう言って奴を追い出した。覚悟もねークセに浮気してんじゃねーって話だよマジ!」

 ウラはそう言うと、さっきの激マズミックスジュースを飲んで「やっぱ不味い」と言った。さっき飲んだばっかだろ?

「じゃあとりあえず、瀬田とは清算出来た訳だ……。とりあえず良かったな」

「ほんとだよー。ま! これで連絡も2度と来ないでしょ! そんなことより作詞しないと!」

 ウラは再びルーズリーフに向かい合った。

 どうやらウラはすっかり瀬田の呪縛から逃れることが出来たらしい。

 彼女は瀬田に対する憂さ晴らしでもするかのように集中して作詞をした。こうなるとウラの集中力はすごい。

 そして……。

 その日のうちに彼女は作詞を書き上げた。俺が言うのもどうかと思うが、会心のできだと思う。

 こうして俺たちの新曲『Ambitious!』はようやく完成した。

 俺たちにとっての運命の曲が……。

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