Track3 Days
高嶺七星。俺が彼に抱いた第一印象は最悪なものだった。いかにも田舎の高校生のようで俺の高校時代を思い出して痛い気持ちになった。ウラも実の従兄弟とはいえ、今イチどう接していいのか分からずにいるようだ。
「そんじゃ、俺んち案内するから車に乗ってください! 送りますから!」
彼は旅館の名前の入ったワンボックスで迎えにきたようだった。運転席には初老の男性が作業着を着て座っている。俺とウラは七星に言われるまま、旅館のワンボックスに乗った。
「んじゃ、山さん! はんで車出して!」
「ハハハ、オリちゃん今日は機嫌いいずらなぁ!」
俺は七星と旅館の運転手の会話を聞きながら何を言っているのかよく分からなかった。方言と特有の訛りが強すぎる気がする。車の中でウラは緊張しながら従兄弟と会話していた。いつものウラなら適当に流したり、言いたいことを言うはずなのに妙に相手に気を使った話し方をしているようにみえる。
ワンボックスは30分ほど市内を走っていった。走り始めた時はチェーン店やコンビニが多く見かけられたが、あっという間に簡素な農道のような道に変わっていった。道路沿いにある雑草は冬らしく枯れた色をして寒々しい。ウラは相変わらず大人しく七星と話をしていた。どうやら七星はウラのSNSで彼女の素性を突き止めたようだ。
ウラは馬鹿正直にフェイスブックにもツイッターにも自分の個人情報をさらしていた。彼女は地元の駅で友達と撮った写真をSNSに載せ、行きつけの店や妹のことも書いていた。
以前ならそんなことをしても誰も気にはしなかっただろう。でも今、俺たちのバンドはそれなりに知名度を得てしまったようだ。皮肉な事に。
「そっかぁ、七星君すげーよ。それで私まで連絡よこしたんだね……」
「そうっすよ! 苦労しました。ウラちゃんの妹さんとこにも行ったけど、忙しいってあんまり相手してくれないし、拝み倒してようやくウラちゃんと連絡とれたんすから!」
恐ろしい事に七星はウラの実家に押し掛けたようだった。俺はウラの妹が七星にしつこく絡まれているところを想像してみた。きっと面倒そうに対応したのだろう。そんな彼女を想像して俺は同情せずにはいられなかった。ウラと違って彼女はこんなノリの男子高校生をうまく扱う事ができない気がしたからだ。まぁ結果的にウラに丸投げした訳だからウラにも同情するけど、正しい判断だとは思う。
車は山間の温泉街のようなところに向かっていった。意外と活気があるテンプレのような温泉街でこんな状況じゃなければ、休暇にでも来たいと思えた。
「さぁ、お2人さん! 着きましたよー」
ワンボックスが旅館の駐車場に停車すると七星は俺たちに降りるように促した。俺とウラは促されるままに車を降りる。
「ここか……?」
「らしいね? 予想外だよ……」
俺は旅館と聞いた時に、こじんまりとやっている宿屋を想像していた。でも違った。
「ここが俺の家っす! あ、玄関から行きましょうか?」
たかね旅館。予想外にその宿は大きかった。ぱっと見ただけでそれが分かるほどの規模の宿屋だ。俺たちは七星に連れられて、旅館の自動ドアから中に入った。
「ようこそいらっしゃいませ!!」
旅館の入り口からホールに入ると仲居と従業員が10数人で俺たちを出迎えた。
フロントのホールは全面に赤絨毯が敷かれ、天井には大きなシャンデリアが掛かっている。ホールは広く、高そうなソファーと調度品が並んでいる。
「長旅お疲れになったでしょー。さぁさぁお荷物お預かりしましょう」
そう言うと年配の仲井さんが俺とウラの荷物を慣れた手つきで預かろうとしてくれた。
「あ、いいですよ。荷物ぐらい自分で持ちます!」
「いえいえお気になさらずに! それより社長と女将さん今来ますからお掛けになっていてください」
俺とウラは仲井さんの言われるままソファーに座って待つ事になった。ホールの壁の玄関側は全面ガラス張りになっていて庭を見渡す事ができた。庭は日本庭園になっていて中央には池がある。
「ねえ大志……。やべーよ。私、場違いなところきちまったみたいだ……」
そう言うウラの 顔は今日一番の苦笑いを浮かべている。彼女はため息をついて俯いた。
「正直俺も驚いてるよ。お前の母ちゃんの実家金持ちだったんだな……。この旅館かなりでけーぞ」
「だよね!? なんでこんな? 今からじいちゃんばあちゃんに会うと思うとやべぇ……」
俺たちはそわそわしながらソファーで待った。それにしても七星はどこに行ってしまったのだろう? 気がつくと彼はどこかへ行ってしまったようだ。
俺たちが到着してから何組かの宿泊客が入ってきて、ホールは少し賑やかになった。
10分ほど経っただろうか? 白髪まじりでスーツを来た初老の男性と和服を着た女性が俺たちの座っているソファーに向かって足早に歩いてきた。
「こんにちは、あなたがへカテーちゃん?」
和服を着た女性が少ししゃがれた声でウラに話しかけた。女性の表情は笑っていたが、どこかそわそわしている。スーツの男性も笑っていたけど同じようにそわそわしている。
「はい! 初めまして京極裏月です。あの……。失礼ですが貴方たちが私の……。おじいちゃんとおばあちゃん? ですか……」
らしくねーな。ウラの受け答えを聞きながら俺はそう感じた。いつものようにノリで会話している訳ではない。相手の顔色をうかがいながらウラは言葉を選んで話しているようだ。こんな調子のウラを見るのは初めてだった。
「そうよ! 私があなたの祖母です。それでこっちがおじいちゃん!」
「いやー。本当に良く来てくれたなぁ。なぁお前! この子、恵理香そっくりじゃないか?」
「そうよねー。エリちゃんによく似てるわぁ」
ウラの祖父母はお互いに嬉しそうに笑いながらもその目は潤んでいた。認知さえしていなかった孫が来てくれた事がよほど嬉しいのだろう。俺は彼らに不信感を持つ事なく、素直に良い人たちだと思った。
「あの……。本当は妹も来たがってたんですけど……。今忙しいみたいでごめんなさい。せっかく呼んでいただいたのに」
「いいのよ! へカテーちゃん疲れたでしょ! お風呂でも入ってゆっくりしなさい。お友達も良ければゆっくりしていってね!」
俺はウラの祖父母に部屋まで案内された。どうやらウラとは別の部屋らしい。
「じゃあ大志、悪いんだけど私はばあちゃんたちと話して来るから部屋でゆっくりしててね! 終わったら顔出すからさ!」
「ごゆるりと……」
俺は皮肉っぽい言い方でウラを見送ると、部屋のテレビを付けて寝転がった。
それにしても今日のウラはらしくなかった。本来の彼女なら勢いで話し、言葉を選ぶ前に口が勝手に動いている。下手すれば口より先に手が出るほどだ。なにがそんなにウラを緊張させているのだろう? まぁ初めて会う祖父母な訳だし、仕方がないのかもしれないが……。
「大志さーん。入っていいっすかー?」
ドア越しに七星の声が聞こえた。一瞬聞こえないフリをしようかとも思ったけど、とりあえず返事だけはすることにした。
「いるけど? なにか用か?」
「ばあちゃんから大志さんを風呂に案内しろって言われたんすよー! よかったら一緒に風呂行きません?」
俺は断る理由もなかったので七星に案内を頼む事にした。
風呂に向かう途中で七星に色々と質問をされた。彼のノリには今イチついていけなかったが、それでも俺たちのバンドを本当に好きだと言う事は伝わってきた。悪い気はしない。
ウラは大丈夫だろうか? 俺はそんな事を考えながらも温泉旅行気分を味わう事にした。