Track36 Night Wizard
「松田先輩! 今日の夜、お姉ちゃんが会いたいって言ってました!」
俺が技術開発部を訪ねると真木さんにそう伝えられた。
この前会った時より彼女は元気になったようで、心なしか打たれ強くなったように見えた。
「いいけど? 何の用事か聞いてる?」
「なんかプロモーションの相談らしいですよー。ウラちゃんに話する前に先輩に相談したいって言ってました!」
その日の夜、俺は百華さんにアポを取って新栄堂へと向かった。
「松田さーん、急にごめんなさいねー。まま、とりあえず掛けてください!」
百華さんはまるで新栄堂の社員のように俺をエントランスのソファーに座るように促した。
「えっと……。今日はプロモの話って聞いたんすけど、今日は高橋さんはいないんすね?」
「そーなの! 彼、今忙しいらしくてさ! だから代わりに私がね!」
「そうなんすね……。にしても高橋さん有能すぎませんか? 『アフロディーテ』関連の妨害が一切なくなって気持ち悪いくらいなんすけど……」
「そうなの! あの人一見すると梲上がらなそうだけど、すっごいやり手なんだよねー。私も前に一緒に仕事したときに助けて貰ったから信頼してるんだー」
百華さんはそう言ってバッグからクリアファイルに入っている資料を取り出した。
「それでね! プロモの件だけど! 曲が完成したらクライアントに聴いて貰うからね! まぁ当たり前だけどさ。それでOKでたら速攻でPV撮影って流れだよ」
あまりにもあっさり言ったので一瞬たいしたことがないように聞こえた。プロモ撮影?
「ちょっと待ってください! PV作るんですか?」
「そだよー、曲作るからには君たちだってちゃんと売りたいでしょ? だからプロモ作ろうってさ! 番組内でも流したいみたいだしねー」
全く考えていなかった。そもそもインディーズ……。最も今はインディーズでさえないが、そんな野良バンドのPVを作るなんて話が来るとは思わなかった。
「それは……。ありがたい話ではありますが、俺たちPV作る金とかありませんよ?」
「ハハハ、大丈夫! それはこちらで経費持つから心配しなくていいよー。ま! その手の話はきっとウラちゃんの方が詳しいと思うけどさー。君たちは新曲とPV撮影の時間だけ用意してくれさえすればいいよー」
百華さんはそう言いながら今後の日程の流れを話してくれた。
「……。という訳! 大丈夫かな? 松田さんも高木さんも忙しいからスケジュール調整が心配だけど、そこら辺もちゃんと相談にのるから大丈夫! とりあえず高橋さんに投げとけばうまくやってくれるから!」
「あの百華さん?」
「んー? 何ー?」
「なんで俺たちにそこまでしてくれるんですか? だっていくら何でも俺らみたいな野良バンドに期待しすぎな気がします……」
俺がそう言うと百華さんは大笑いした。新栄堂のエントランスに彼女の声が響き渡る。
「松田さんずいぶんと自分らのバンド過小評価してるみたいだね! 謙虚なのはいいことだけどもっと自信持ってもいいと思うよ?」
「と言うと?」
「あーね。君たちの評価は君たちが思っているよりずっと高いんだよ! 業界内では干されてたのかもしれないけど、ファンは違うよ! 私もネット掲示板見て回ったけど感心しちゃったよ! インディーズバンドであそこまで評価されてるバンドも珍しい。しかもちゃんと一定数アンチもいるしね。これは君らがちゃんと安定した人気がある証拠だよ!」
「そんなにですか? まぁウラが業界での露出が多かったのは知ってますけど、それにしたって……」
「うん! ウラちゃんはかなり知名度が高いねー。『アフロディーテ』関係のファンも『バービナ』に流れたみたいだしさー。でもねー、実は高木さんがすごいんだよー。彼公表してないみたいだけど、女優さんの息子でしょ?」
「そうっすね。ジュンもああいう性格だからマリさんのこと公表とかしてないみたいっすけど」
「返ってそれが良かったんじゃないかと思う。どんなに公表しなくたってネット上では話題になるもんだし、むしろ公表しないことが好感度を上げる要因にもなったんだと思う! とにかく、あの2人はかなりいーね! 素材として申し分ないよ! あ、素材とか言っちゃうと失礼だけど」
そう言うと、百華さんは申し訳なさそうに笑った。
「そうっすね。確かにあの2人は業界で生きて行くにはちょうどいい環境にいるのかもしれません。ただ……」
「ただ?」
「ただ、俺は平凡すよ? 自虐的ですけど、ドラムの腕だって普通ですし特出すべきものがあるかって言うとそうでもないっすからね」
俺のその言葉を聞いて百華さんは笑うのを止めて真剣な顔で俺の目をのぞき込んだ。
「松田さん。君も自分自身を過小評価してるよ。確かに他の2人には良い環境と才能があったよ? でも、それを今までまとめ上げてきたのは松田さんでしょ? ウラちゃんに聞いても高木さんに聞いても松田さんなしならバンドなんかやらないって言ってたし!」
「いやいや、あいつらがいい奴らなだけっすよ。俺は何も……」
俺がそこまで言いかけると百華さんは俺の額に手を伸ばして指に力を入れた。
バチン!
「痛え!!」
彼女の人差し指が俺の額にクリーンヒットした。強力なデコピンだ。
「何すんすか!? 痛ってー!」
「あまりにも分からず屋だから! もっと自信持ちなよー! 千賀子のことだって、ウラちゃんのことだって君が支えてくれたんだよ! さっきから才能とか環境の話してるけどそんなの支える人が居なけりゃ何の価値もないんだから! 私から言わせて貰えば一番価値があるのは平凡でも誠実に人を支えることが出来る人間だよ! その前では才能も権力もゴミでしかない!!」
珍しく百華さんは強い口調でそう言うと、再び笑顔に戻った。
「ごめんなさい! 強く言いすぎたねー。とにかく君は自分が思っているよりずっと素敵な人だからあんまり卑下しないで! 私も君にはすごく期待してるんだから!」
まだ額がヒリヒリしている。華奢に見えて百華さんはパワフルなようだ。
「わかりました! せっかく貰ったチャンスですし全力でやらせて貰います!」
「うん! お互いにいい物が出来るように頑張りましょう!」
百華さんとの打ち合わせが終わって新栄堂の外に出ると生暖かい風が俺の肌を撫でた。




