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Track31 真夜中の雨

「違う! そうじゃない!」

 ウラは厳しい声でそう言うと七星を小突いた。

「えー!? でもここのリフはこうした方がいいよー」

「はぁー!? あんたねー、この曲作ったの私なんだけど!? いいからやり直し!」

 七星は具打たれながらもウラにギターのダメ出しに応じた。

 七星をメンバーに加えてから俺たちは精力的に練習を行っていた。1人メンバーが増えただけでここまでやることが増えるとは思ってもいなかったが……。

 七星の技術は確かに高かったけど、ウラに比べれば確かに荒削りな部分が多かった。逆に言えばウラの技術が高すぎた訳だが……。

 ともかく、ウラは七星に対してかなりのスパルタを強いていた。

「もー嫌だ! 帰る!」

「あー!? 帰りたきゃ帰れよ! とっとと山梨でもどこにでも帰っちまえよ!」

 売り言葉に買い言葉だ。俺は2人を宥めながら、どうにかこうにか練習を続けた。ジュンは相変わらず我関せずといった感じで、あまり絡んでこない。ズルい男だ。

 そんな風に具打たれている七星だったが、毎日着実にレベルアップはしているようだった。ウラも彼の成長をしっかり見ているようで、文句を言いながらも時々彼を褒めていた。なぜか本人が居ないところで……。

 すっかりウラは元通りに戻ったようだった。彼女はよく怒りよく笑った。まるでこの世で一番幸せだと言わんばかりの笑いを浮かべる彼女は見ていて気持ちが良かった。

 そんなウラを見ていると俺は会社の疲れなど簡単に吹き飛ぶような気持ちになれた。

 俺たちが『アフロディーテ』に干されて2ヶ月が過ぎようかとしている時、百華さんから連絡が入った。彼女は仕事で東京まで来ているようだ。

 なにやら話があるらしく俺とウラ、あと今回はジュンと七星も彼女に会うことにした。

約束の日、俺たち4人は彼女と待ち合わせしている喫茶店へと向かった。

「あー、松田さん、ウラちゃんお久しぶり!」

 待ち合わせしていた喫茶店に着くと百華さんが明るく出迎えてくれた。やはり北海道訛りがある。

「お久しぶりです! 百華さん! 東京まで来るなんて珍しいですね」

「うん! 実はうちらの会社とタイアップしたいって企業さんが居てねー。実はその話でウラちゃんたち呼んだんだよー」

「タイアップ……? ですか?」

「そだよー。きっと君たちにとっていい話のはずだからさ! あ! 今から来る人に会って話聞いてねー!」

 そう言うと百華さんは嬉しそうに笑い、鼻歌交じりにストレートティーを一口飲んだ。

 不思議と都内で見る百華さんは、前に会った時に比べて垢抜けているように見えた。元々、端整な顔立ちの彼女なのだが道内にいるよりもしっくりきている。妹と住む場所を入れ替えた方がきっと型に納まって見えるはずだ。

 七星はこういう場面に来るのがよほど珍しいのそわそわしてウラに絡んでいた。案の定ウラは面倒くさそうに彼をあしらう。こうしてみると本当の姉弟のように見える。似たもの従兄弟。

「いやー、真木さん! お待たせして申し訳ないですー」

 そう言いながらスーツを着た男が俺たちの席に小走りでやってきた。額には汗が浮かんでいて、縁なしの眼鏡は結露しているのか白く曇っていた。

「高橋さんお世話になってます! こちらこそご足労いただいて……」

 真木さんはその男に丁寧な言葉遣いで挨拶した。今回は訛りが無い。

 彼は額の汗をハンカチで拭い、席に座ると水を喉に流し込んだ。

「えっと、まず紹介しますね! こちらが新栄堂の高橋さんです! 今回は皆さんに提案があって紹介させていただくことににしました」

「初めまして! 私、株式会社新栄堂営業部の高橋と申します」

 そう言うと彼は俺たちの人数分の名刺を丁寧に差し出した。

「はい、お世話になっております……。新栄堂様ですね……」

 ウラは改まった様子で彼に挨拶し穏やかな笑みを浮かべる。彼女は借りてきた猫のように大人しく他人行儀な話し方をした。

「それで……? 単刀直入で申し訳ないのですが、本日はどういったご用件でしょうか?」

 本当にウラらしくなかった。

 というより、ウラのこんなしっかりとした姿を見たことが無かった。おそらく彼女は仕事上ではこんな風なスタンスで来客応対していたのだろうと思う。黒髪にしたせいか、仕事ができる女にさえ見えた。メンヘラクソビッチには見えない。

「実はですね……」

 彼はホチキス留めした資料を俺たちの前に広げて概要を話し始めた。 

「簡単に申しますと、皆さんに札幌中央放送で放映中の番組の主題歌を作成していただきたいのです」

 俺たちはそれを聞いたときにポカーンとしてしまった。

「えーと……。それはつまり私たちのバンドの楽曲をテレビの主題歌に使用したいと言うことですか?」

 ウラはオウム返しのように高橋さんに聞き直した。

「はい! 実はあなた方の北海道内でのライブを見た道内の視聴者から問い合わせが多数あったそうなんですが、札幌中央放送のディレクター様からどうにか『バービナ』様に楽曲を提供していただけないかと依頼されたのです」

 それから百華さんと高橋さんは俺たちに詳細を教えてくれた。

 新栄堂は国内でも中堅クラスの広告代理店だった。テレビ番組のプロモーション活動も彼らの業務の一環らしい。

 百華さんの話だと1週間ほど前に『バービナ』に関して問い合わせが彼女のイベント会社にあったらしい。

 なんでも札幌中央放送の番組スタッフから俺たちのバンドの曲をどうしても使いたいという連絡が入ったそうだ。

 そこから百華さんはイベントで付き合いのある新栄堂の高橋さんに連絡して今回のような流れになったようだ。

 百華さんは普段イベントの企画を担当していたが、プロモーション関係には携わっていない。だから今回、広告代理店に話を回したと言うことらしい……。

 しばらく俺たちは彼らの話を相づちを打ちながら聞いていた。ウラは何かを吟味するような表情で肯きながら難しい顔をしている。

「どうでしょう……? もし『バービナ』さんさえ良ければ今回の話受けていただけないでしょうか? 報酬も相談にのらせていただきますので……」

 高橋さんはウラの顔を見つめながらそう言うと、苦笑いを浮かべた。きっとこの人は営業には向いていない。

「……。私としては是非やらせていただきたいんですが……。ちょっと問題がありまして……」

 ウラは言葉を濁すように言うと首を横に振った。

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