Track28 Cerberus
「じゃあご飯にしようか! 唐揚げなんて揚げたの久しぶりだよー」
ルナちゃんはエプロンで手を拭くと、揚げたての唐揚げとおかずをダイニングテーブルに並べ始めた。
「うわー。すげー美味そうじゃん! ルナちゃん料理上手いんだねー!」
「ふふふ、小学校の頃からずっと炊事してきたからね。一人じゃ揚げ物なんて揚げないから今日はちょうどよかったよー」
それから俺たちは、ダイニングテーブルに向かい合って一緒に「いただきます」した。彼女の料理はどれも美味しかった。フランチャイズの店のような味と言うよりは本当に家庭的な母親の味だ。彼女の嗜好なのか唐揚げは生姜の味が少し濃い。
「ルナちゃんマジ美味いよー! ウチの母ちゃんより美味いぐらいだ……」
「ありがとー。美味しかったならよかった! たくさん揚げたらからいっぱい食べなね!」
不思議な感覚だ。俺は元来一人っ子で兄弟というものが居なかった。なのに今日初めて、一緒にご飯を食べているルナちゃんが本当の姉のように思えた。
俺の実家は甲府の温泉旅館で正直な話、不味い飯というものを家庭で食べたことは一度もなかった。あまり意識したことはないけれど、おそらく俺はかなり裕福な暮らしをさせてもらっているのだろう。
祖父母も両親も基本的には俺に寛大で高嶺屋旅館の跡取りとして大事に育ててもらっていると思う。そんな何不自由なく暮らしてきた俺が食べても美味いのだからルナちゃんの料理の腕は相当なものなのだろうと思った訳だ。
「ふうー、ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様でした。今お茶入れるね!」
ルナちゃんは食器を下げると可愛らしいウサギのイラストの描いてある湯飲みを俺の前に置いた。片方の耳が折れた黒ウサギのイラストだった。
「ルナちゃん今日は本当にありがとー。いきなり来たのにこんなに色々して貰っちゃってなんか申し訳ないよ……」
「気にしないでいいよ! 私も一人だとつまんないしさ、たまには誰かと一緒に夕飯したかったんだよねー。なんか弟できたみたいで悪い気はしなかったしさ!」
ルナちゃんはそう言うと、自分の湯飲みに口を付けて少しだけお茶を飲んだ。彼女の湯飲みにもウサギが描かれている。耳をピンと尖らせた白ウサギだ。
食事が終わると俺たちはなんとなくテレビを付けて一緒に眺めながら色々と話をした。彼女は仕事の話や姉の話を楽しそうに、時々笑いながらしてくれた。俺も学校のことや好きなバンドの話をした。ルナちゃんは俺の話に相づちを打ちながら楽しそうに聞いてくれた。
「そういえばルナちゃん、彼氏とかいるの?」
俺はふとした拍子に色恋沙汰について彼女に質問した。彼女は少し困った顔をすると眉間に皺を寄せながら苦笑いを浮かべる。
「もー! いつか聞かれそうだったけどやっぱりね! 恋バナはするつもりなかったんだけど……」
「えー!? いいじゃん! 聞かせてよー! まぁルナちゃん可愛いし、家庭的だからきっと居ると思うけど……」
俺のその言葉にルナちゃんはとても微妙な表情を浮かべる。笑っているのと無表情の中間の微妙な表情……。
「…………。残念だけど今付き合ってる人は居ないんだよね……。この歳で恥ずかしいんだけどさ……」
「え!? 信じらんない! だって言い寄ってくる奴たくさん居そうなのにー!」
「ハハハ、なんか知らないけど褒められてるみたいで嬉しいよ。たしかに何人か、声を掛けてくれた人は居たんだけどさ……。あんまり合わなそうだったから一緒にご飯食べるぐらいで終わっちゃったんだよねー」
そう言うと彼女は苦笑いを浮かべ、頬を人差し指で軽く掻いた。
「そっかー。でもでも!! 男と接点がない訳じゃないならよかったー。だってルナちゃんに彼氏が居ないとかもったいなさすぎるもん!」
「はいはい! 恋バナはこれでおしまいだよ! もう遅いからそろそろ寝よう! 今お風呂の用意したから先に入っちゃって! その間にお姉の部屋準備しとくからさ!」
ルナちゃんはこれ以上、色恋の話をしたくないようだった。俺は半強制的に風呂場に連れて行かれた。
入浴後、俺はルナちゃんに案内されて2階にある彼女の姉の部屋……。京極裏月の部屋に入った。ウラの部屋はある意味予想通りの部屋だった。壁には「アフロディーテ」のポスターが貼られ、古びた学習机の上には手垢まみれのバンドスコアが平積みになっている。
「…………。なんかウラちゃんの部屋って感じだね。すんげーパンクだ!」
「だよねー。お姉の部屋はあの人が出て行った後もそのままにしてあるから、こんな感じだよ! まぁ年数回は泊まり来るしちょうどいいんだけどさ」
「でもかっけー! やっぱウラちゃんはかっけーよ!」
「なんか七星君、お姉っぽいしゃべり方するね。別の人とこんな会話するのが変な感じがする……」
「へー、ウラちゃんて俺みたいなしゃべり方するんだー。ライブで何回か見たけど、あんまり意識したことないなー」
「七星君は男の子だからいいけどさー。仮にもお姉は女子なんだよー。もうちょっと女性らしくしてくれたらいいのにねー」
ルナちゃんはそう言いながら頭を軽く掻いた。ルナちゃんはどうやら困ると顔や頭を掻くのが癖になっているらしい。
「じゃあ七星君! 今日はゆっくりして明日帰りなー! 私も明日は用事あるからM駅まで送っていってあげるよ!」
「うん! ありがとー。じゃあおやすみなさーい」
「はーい! おやすみ」
そう言うと彼女は部屋から出て行った。
ルナちゃんが出て行ったあと俺は何となくウラの机の上のバンドスコアに手を伸ばしてその本を開いた。開いたバンドスコアを見て俺はギョッとしてしまった。
そこには事細かに弾き方のコツやどう弾けば観客に喜んでもらえるかが、恐ろしく細かく書き込まれていた。俺はまさかと思って他のバンドスコアも確認したがどうやらすべて同じように書き込みされている。
俺は眺めていたバンドスコアを元あった場所に戻すとウラが以前寝ていたベットに横たわった。ルナちゃんがこまめに掃除と洗濯をしているのか、布団からは干したてのあの太陽の匂いがした。
俺は改めて京極ウラというバンドマンに会いたいと思った。単純に従兄弟とだからという理由ではなく、ここまで真摯に音楽活動に打ち込める彼女に今まで以上に興味が湧いた訳だ。
一体彼女はどんな人なのだろう? 彼女の妹は酷く勤勉で真面目で優しい人だったけれど……。
そんなことを考えながらも俺は朝からの移動の疲れで眠りに落ちた――。
翌朝、俺が目を覚ますと下の階からなにやら炊事の音かが聞こえた。リズミカルな包丁の音とケトルが鳴く音が朝を告げているようだ。
その日の朝も俺はルナちゃんに朝食をご馳走になってしまった。俺たちは朝食をパッと済ませるとそのまま出かける準備をした。これから俺は自宅に、ルナちゃんはM市に出かける。
M駅に向かう車の中でもルナちゃんは楽しそうに話をしてくれたけれど、俺の実家に遊びに来てほしいという誘いだけは苦笑いを浮かべて断られてしまった。さすがに良くも知らない山梨の温泉旅館に居る肉親にはあまり会いたくないのだろう。(ちなみに俺の祖父母と父親はかなりルナちゃんに会いたがっていた)
「そしたらねー。お姉に挨拶に行って貰うよ! あの人忙しいだろうけど、私よりは時間調整できるだろうしさ! 私から連絡しておくからね!」
「え!? ウラちゃんが俺んちまで来てくれるの!?」
「うーん……。約束はできないけど、私から頼んでみるよ! もし行けるようだったら私から連絡するからね!」
そんな話をしながら俺はルナちゃんにM駅まで送って貰った。
俺はルナちゃんにお礼を言うと彼女もにっこり笑って俺を見送ってくれた。帰りの電車の中、俺はウラに会える日が来ることを心から望んだ。
あの優しい笑顔のルナちゃんの姉で、さらに「バービナ」のギターヴォーカルに……。




