Track2 Orion between the clouds
「大志さぁ、一緒に行ってほしいところがあるんだけど?」
週末、俺はウラに呼び出されて渋谷のサイゼリアまで来ていた。その日の彼女は珍しく大人しめでカジュアルな服装をしている。そして何よりいつも肌身離さないSGを持ってきていないことが意外だった。
「会社の休みの日なら行けっとは思うけど……。なんだよ急に改まって」
「うん……。ちょっとね」
ウラはそう言うと俯いて言葉を選んでいるようだった。普段見ないような彼女の表情を見ながら俺はウラの次の言葉を待った。
「実はさ、妹から連絡あって母方の実家に行かなきゃ行けなくなったんだ……」
「母方の実家? お前んちのかあちゃんたしか行方不明じゃなかったっけか?」
それからウラは事情を説明してくれた。
彼女の母親はかつて彼女の父親と駆け落ちをして実家を飛び出していたそうだ。彼女にも駆け落ちの真相はよくわからないらしいけど、その時はかなり両家で問題になったらしい。父方の京極家では次男だった彼女の父親が勘当されるし、母方の高嶺家では箱入り娘の駆け落ちで相当ゴタゴタしたそうだ。
そんな訳で、ウラは親戚付き合いというものを全くしてこなかったようだ。父方はともかく母方は孫の彼女をまったく認知さえしていなかったという訳だ。
「で? そんな感じのお前がなんで今更、かあちゃんの実家行くことになったんだ?」
「それはさ……。ウチらインディーズで割と売れ始めたじゃん? それをお母さんの実家の息子が見つけたらしいんだよね。で、その息子が私と妹のこと調べ上げちゃったらしいんだよ」
「それで?」
「うん。それでさ。私がお母さんの娘だってわかったみたいでさ。そしたら実家に顔出しに来てほしいて言われたんだよ」
「ふーん、そうか……。じゃあ、行けばいいんじゃねーの? 妹ちゃんと2人で行って挨拶してくるだけだろ?」
俺がそう言うとウラは困ったように眉間にシワを寄せて額の前で手を組んでため息をついた。
「私もさー、もし妹と一緒なら行ってもいいかな程度には思ったさ! でもあの子忙しいから行けないって! 私1人で行って来てって言われちゃった」
「なんだよ? 妹ちゃんそんなに忙しいのか?」
「うん……。あの子は忙しいんだよね。親父がいなくなってから色々とやることも増えたみたいだし、会社でも毎日仕事に追い回されてるみたいなんだよね」
こんなに戸惑っているウラを見るのは初めてかもしれない。いつも何があっても気にしないような女だと思っていたけど、意外と親類関係ではナイーブのようだ。
「だから大志お願い! 一緒にウチのお母さんの実家行ってくんない? 旅費と食事代くらいは私が持つからさ!」
「そりゃあ別に構わないけどよ……。他にいねーのか?」
「いなくはないよ? でも大志なら一緒にいても変に気を使わないで済むしさ」
「俺は都合のいい男か?」
「最高に都合のいい男だよ!」
ウラは少し申し訳なさそうに笑いながらそう言った。前にもこんな感じの話をした気がする。
ヤレヤレだ。
翌週末、俺は待ち合わせの時間に新宿駅へと向かった。ウラはこの前打ち合わせをしたドトールコーヒーで待っていた。
「お前! その髪どうした!?」
俺はドトールでチョコンと座ってマグカップを持っているウラを見てギョッとしてしまった。というより、最初ウラだと分からなかった。
「やあ大志! 遅いじゃん!」
ウラはまるで何事もないようにそう言うと戯けたように笑った。
彼女はどういう訳か黒髪ストレートのロングに変わっていた。先週会った時はたしかに金髪だったのにどういう訳だろう?
「はぁ!? お前本当どうした? イメチェンか?」
「ああ、これはウィッグだよ。カツラだから安心して」
そう言うとウラは黒髪を外した。ウィッグを外したウラの頭にはネットが掛かっていて、俺はその頭を見て思わず吹き出してしまった。
「お前さ……。なんでそんなカッコしてんの……。てかよ、お前服までやたら女子女子してねーか……。クっ!」
「ひっでーな! 笑うことねーだろ! 私だって色々考えてこんな感じにしたんだよ!」
ウラはウィッグを被り直しながら俺に悪態を吐くように言うと剥れた顔になった。
「お前さぁ、なんで急にそんな女子大生みたいになってんだよ? 今からじいちゃんばあちゃんに会いにいくんだろ?」
「だからだよ! さすがに私だって多少は考えるさ! じいちゃんばあちゃんに会うのにあんなイカれた恰好じゃ行けないよ……」
ウラはそう言うとまた俯いてしまった。
そんな風にウダウダしているウラを見るのは初めてだった。いつもなら誰に会うにも物怖じせずにノリで行く彼女がどういう訳か身内に会うというだけでかなり動揺している。
「だいたいよー。お前がバンドやってるって知ってる時点で、そんな恰好で行ったらおかしいだろ!? お前が普段通りで行かないとかえって不信感持たれると思うけどなー」
「うぅ……。それは……」
「あんまり気負いすんなよ! 血縁者ならちゃんとお前のこと受け入れてくれるって!」
「そ、そうだよね! 別にそこまで気負いしなくてもね……」
俺がそう言うとウラは多少気が晴れたようだった。彼女はウィッグを外してネットをとった。
「でもさぁ、服これしか今日持ってきてないんだー。キンパでこの服合わねーよね?」
「別によくね? まぁこうして女子みたいな服着てるお前も新鮮でいいかもしんねーよ」
「……。そうかな? じゃあこのままで行こうか?」
ウラは腑に落ちないようだったけど、そのまま出かけることになった。彼女は長い金髪をポニーテールにしてウィッグをバックにしまうと出かける準備をした。
ウラの母親の実家は山梨にあるようだった。俺たちは切符売り場で甲府までの切符を買うと中央線のホームまで行き、特急列車に乗車した。
それから俺たちは電車に揺られて甲府まで向かった。ウラは相変わらずそわそわしている。そんなウラの様子を見て俺は意外と可愛いとこがあると思っていた。太々しいだけでなく、意外とこう言うところは女子なのだろう。
甲府駅に着くと俺たちは改札を出て駅前のロータリーに向かった。
「着いたねー!」
「意外と疲れたなー。で? これからどこに向かうんだ?」
「たぶんねー。私の従兄弟が迎え来てくれてるはずだよ。お母さんの弟の息子ね!」
俺はなんとなく駅前を見渡してみた。まぁ、見渡したところで分かるはずがないんだが……。いや、分かった! 明らかにおかしい奴がいる!
俺は目を疑った。紺色の法被姿に旗を持った高校生くらいの男子が駅前に立っている。旗には『京極裏月様』と書いてある。何事だろう?
「ねえ大志? あれじゃね?」
「ああ、あれだな……」
俺たちは恐る恐るその旗を持った男の子のもとへと向かった。
「あー! 本物のウラちゃんだ! ようこそ甲府へ!」
その男の子はテンション高めに俺たちに声を掛けてきた。彼は茶髪でいかにもヤンチャそうな高校生のようだ。法被には『たかねや旅館』と書いてあった。
「どうも初めまして! 京極裏月です。君が私の従兄弟かな?」
「そうっす! 初めまして! 俺は高嶺七星って言います! いやいや、バービナのウラちゃんとこうして会えて感激っすよ! あ、でも従兄弟だけど」
なかなかチャラそうな男だ。そして酷い名前だと俺は思った。さすがウラの従兄弟だ。やっぱりイカれてる。
「そう! ウチらのバンド好きなんだね。嬉しいよ」
「もう大好きです! まさか身内とは知らなかったからビビりまくりでした! あ、そっちは大志さんすね! 2人で来てくれるなんて感激っすよ!」
俺は彼のテンションに今イチ、ノリきれずにいた。
「じゃあ、今から俺んちに案内しますから着いてきてくださいねー!」
俺はどうも場違いなところに来てしまったようだ。ウラはウラで苦笑いを浮かべていた。