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Track25 女神の謝音祭

「松田センパーイ! 週末はお疲れさまでしたー」

 真木さんは昼休みに作業着のままで、営業所まで挨拶にやってきた。

「真木さんお疲れ! お陰様でウラも楽しんだみてーだから良かったよ!」

「ウラちゃんカッコよかったですー。すごく売れてるアーティストみたいでイベント大盛り上がりでした!」

 先週末、俺たちは札幌まで行ってイベントに参加してきた。百華さんのイベント企画会社の計らいで、久しぶりにライブを行うことが出来たのだ。

「思ってたより盛り上がったよなー。ウラなんかで待ちされるほどだったし、やってみるもんだな」

「ほんとほんと! ウラちゃん大人気でしたよ! お世辞じゃなくて本当にウラちゃん歌うまいですねぇ」

 真木さんは今回初めてウラの歌っている姿を見た。

彼女は普段、コンサートや野外フェスなどに参加しないようだけど、今回参加してすっかりハマってしまったようだ。

「たしかに久しぶりだってこともあるけど、あいつ楽しそうに歌ってたもんなー。まぁまだ手の怪我が本調子じゃないからヴォーカルに専念してたけどな……」

「そういえば、ウラちゃんギターでしたよな! いーなー! ギター弾いてるウラちゃん見てみたいですー」

 ウラはしばらくギターを弾いていないようだ。手のリハビリも兼ねて病院に通っているようだけど、まだ完全には治りきっていない。

 さらに言うならばウラは今ギターを失ってしまっている。

 彼女の長年の相棒だったSGは前回のライブでネックが折れてしまい、今はハードケースの中で眠りにつくように仕舞われたままになっている。

 その日は先週無理して有休を取ったせいで仕事が溜まっていた。俺は得意先に電話を掛け、クレーム処理をし、山積みだった書類を朝から必死に片づけていった。

 仕事が溜まっていたせいで他の社員が退社した後も1人でパソコンとにらめっこする羽目になった。

そんな風に1人で残業しているとウラから電話が掛かってきた。

「あ、大志ー? お疲れさまー! 先週はありがとうね」

「お疲れ! ライブ楽しめてよなー! お陰で今日は残業デーになっちまって今会社でボッチだけどな……」

「いやいや、ほんとお疲れちゃんだねぇー。さっき百華さんから連絡あって、大志にもお礼言っといててさ! なんかライブ思ってたより反響大きかったみたいで、百華さんの会社に何件も問い合わせあったんだってさー」

 ウラの話だと俺たちのバンドに対する問い合わせが百華さんの会社に殺到したらしい。ウラはギターを持っていない手持ち無沙汰か、ステージでのパフォーマンスを全力でやっていた。

 ウラは気にするだろうから言わなかったけど、そのパフォーマンスの仕方は鴨川月子そのものだった気がする。ウラは何時も鴨川月子のそばに居て彼女のステージでの動きを見ていたわけだが、見様見真似でそのパフォーマンスが染みついてしまったようだ。

「良かったじゃねーか! まぁお前はギタリストだけど、ヴォーカルとしても成長したってことなんじゃねーかな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ……。大志さぁ、仕事終わったら少しだけ時間取ってくれないかな? ちょっと相談したいことが……」

「ん? かまわねーけど、たぶん22時過ぎちまうぞ?」

「時間は大丈夫! そんな時間は取らせないからさー。ジュンにも来てもらって相談したいことがあるんだー。大志の会社の近くまで迎え行くからさ」

 ウラはそう言うと、どことなくそわそわしたような言い方で電話を切った。

 俺が残業を2時間ほどで切り上げて会社を出ると、会社の真ん前にウラが1人で待っていた。

「お前ずっとここで待ってたのかよ!?」

「30分くらい前に着いたよー! どうせ暇を持て余しているし。それにバイトも早く終わったからねー。ジュンは少ししたら来るってさ!」

 俺とウラは会社の近くの公園へと向かった。夜の公園は人気がなく、街灯と月灯りだけぼんやりとしている。公園の遊具も昼間とは違ってすっかり寝入っているようだった。

「もう少ししたらジュン来るってさー」

 ウラは公園のブランコに腰を下ろすとブランコをゆっくりと漕ぎ始めた。

「それにしてもこの前はすごかったなぁ。お前も完全復活じゃねーかよ! もしかしたらあっさりメジャーデビューとかできっかもな」

 俺はウラに言うと同時に自分に言い聞かせるようにそう言った。

「ハハハ……。ほんとだねー。千賀子にも百華さんにも感謝だ……」

 ウラはそう言うとブランコを漕ぐのをやめて俯いてしまった。

「どうしたんだよ? お前今日は妙にしおらしいな……」

 ウラは何かを誤魔化すように苦笑いを浮かべると諦めのようなため息を吐いた。

 少し間をおいてジュンが俺たちの居る公園までやってきた。珍しくスーツ姿だ。

「ジュンごめんねー! 急に呼び出しっちゃってさ」

「大丈夫だよー! こっちこそこの前はごめんねー! 京極さん札幌で大人気だったみたいだね。ユーチューブに動画上がってるの見たよ!」

 この前の札幌での対バンイベントは偶然、全国版のニュースでも取り上げられた。数秒の短いニュースだったが、ウラの歌声が全国に届けられたようだ。おまけに百華さんの会社のスタッフはイベントの様子を動画撮影してユーチューブにも投稿したらしい。

「うん! お陰様で無事行ってこれたよ! やっぱり歌うのは気持ちが良いねー! すんごい楽しかった!」

「それで? 京極さん今日はどうしたの? 夜中にメンバー呼び出すなんて珍しいじゃん? 大志はともかく俺まで呼び出すなんてさー?」

 ジュンがそう言うとウラはさっきと同じような苦笑いを浮かべた。

「実はね……。すごく言いずらいんだけど……」

「なんだよ勿体ぶって! 困ってることあるなら言えよ!」

「そうだよ! 困った時はお互い様だし! 京極さんの頼みなら何とかしてあげたいしさ!」

 俺たちがそう言うとウラは大きく息を吸って目を見開いた。

「あのね! 私の左手この前怪我しちゃったじゃん! なんか具合悪いなーって思ったから今日病院行ってきたんだよ! そしたらさ……。もうギター弾けないかもしれないって言われちゃった……」

 ウラはそう言うと力が抜けたような変な笑いを浮かべた。

 医者の話だとウラの左手はもう前のように動かすことは出来なくなってしまったらしい。骨折が原因というより、長い時間負担を掛け過ぎたせいで手首の可動域が狭くなってしまったようだ。ウラは医者に左手が元通りに戻る可能性は限りなくゼロに近いと宣告されてしまったらしい……。

「だからさ……。ここまで色々してもらったけど、ウチらのバンド難しいかもしんない……。大事なSGも壊れちゃったし、私の左手も壊れちゃった。本当にごめんね……」

 ウラはそう言うと、俺たちに深々と頭を下げた。

「……。どうしても左手戻らねーのか?」

「可能性は低いってさ……。日常生活には支障は出ないけどギタリストとしては致命的だよね……。実はリハビリも兼ねてずっとギターの練習してるんだけど、前みたいにどうしても弾けないんだよね……」

 話しているウラの声は震えていた。

「だからさ! 『バービナ』これからどうしようかなって……。私ギター担当だけどギター弾けないじゃ役立たずだし……。2人にも迷惑掛けちゃうしさ……」

「お前はそれでいいのか? お前はバンドやめてーのかよ!? 仮にお前がもう二度とギター弾けなくても俺はお前をバンドから追い出すつもりはねーよ! つーより、お前がいねーと「バービナ」じゃねーし!」

「やめたい訳ないじゃん!? ずっと必死こいてやってきたんだ! 大志もジュンも大好きだし! これからもずっと一緒にバンドやっていきたいよ! でも……。私の腕がこんな状態じゃ……」

 ウラはそう言うと、俺にスーツに縋り付いて大粒の涙を流した。

「京極さん! 俺も京極さんバンドから抜けるなんてありえないと思ってるよ! ギターがなくたって君にはバンドとして一番大事な声もあるし……。だからそんな風にやめるなんて言わないでほしい」

 俺とジュンはウラを宥めながら肩を寄せ合っていた。もう季節は3月だというのに公園の風は妙に冷たく、俺の手に零れたウラの涙が酷く痛く感じた。

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