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パンデモニックプラネット11

「おはよう」

 旅館に戻ると楠田さんに声を掛けた。彼はすっかり目が覚めたようで本を読んでいた。

「おはよう。ごめんね。外どうだった?」

「人多かったねー。釣りしてる人とかもいたよ」

「そっかそっか」

 楠田さんは本を閉じるとこくりこくりとうなずいた。本の表紙には「北の一角獣」とタイトルが書かれている。

「どうする? 今からお参り行く?」

「そだね。えーと時間は……」

 楠田さんは部屋の時計に目をやった。時刻は午後三時半過ぎ。

「うん。今から行けば夕飯には間に合うし行こうか」

「はーい」

 帰ってきたばかりなのに。少しだけそう思った。

 二人で旅館を出る。さっき一人で出たときに比べるといくらか観光客も減ったように感じる。

「ここの参道意外と勾配キツいんだよね……」

「まぁね。でも神社ってみんな高い場所にあるし普通なんじゃないの?」

 楠田さんはうんざりした言い方をした。きっと山登りしたくないのだろう。

「はぁ……」

「おじいちゃんじゃないんだからさー。ちょっとぐらい運動しなきゃダメだよ?」

 完全なインドアお兄さん。いや、このまま歳を取ったらインドアおじさんになってしまう気がする。

「そうだね……。じゃあ行こうか」

 楠田さんは諦めたように言うと私の手を握った――。


 江島神社。何回か来たことのある神社だ。たしか祀っている神様は弁財天だった気がする。私も楠田さんも神道に詳しいわけではないので由緒は知らないけれど、日本有数の観光地なのは確かだと思う。

 ふと、また母のことを思い出す。母は江島神社に来るたび、五〇〇円玉で二〇〇〇〇円分くらい持ってきていた。彼女は銭洗いするのが好きなのだ。まぁ、自分自身で使うというよりも仕事の関係者に配るようだったらしいけれど。

「ふぅ……。やっと本殿かな?」

「まだ上あるけどね。あ、じゃあ銭洗いしてこうか?」

 私は母に習ったように銭洗い弁天に向かった。

「やっぱりね……。みんな考えることは一緒か」

 銭洗い弁天は予想通り混み合っていた。中高年の夫婦が多く、皆一様に硬貨や紙幣をかごに入れて洗っている。

「みんな先立つものは欲しいんだよね。俺も同じだけどさ」

「お金大事だもんね」

 お金は大事。まさにその通りだと思う。それなりに収入……。いや、それなり以上に収入がある母でさえ、お金は大切にしている。彼女は守銭奴ってほどではないけれど、普通の主婦程度には節約してくらしているはずだ。

「たしか渋谷さんのお母さんもここでやったんだったね?」

「うん。あの人、こういうの好きなんだよねー。ってか割と信心深いんだ」

「ハハハ、キミのお母さんって面白いよね。ロックかと思えば和風好きだしさ」

「うーん……。まぁそうかな。きっとあの人変わり者なんだと思う」

 変わり者。ミュージシャンをやってる時点でそれは確定なのだけれど、その中でも母はかなり変わり者だと思う。まぁ、嫌な感じで変わってるわけじゃないからいいけれど。

 それから私たちは月並みな観光を楽しんだ。神社に参拝し、草花を眺め、遠くに見える海や富士山を横目に歩いた。普通なデート。これ以上ないくらいノーマル。

 彼とこうやって過ごす時間が私は好きだった。一緒に草花を眺めるだけでいい。ただそれだけで。そんな風に思う。

 恋人というにはまだ超えていない線があるけれど、それで良かった。それが良かった。

 でも……。なかなか、そうはいかないものらしい。


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