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パンデモニックプラネット9

 私たちの関係には告白という儀式はなかった。自然と一緒に時間が増えただけで名前のない関係は深くなっていった。名前のない。終わりさえ決まってない関係。

 だからなのかもしれない。私たちは互いの名字で呼び合った。彼は私を渋谷さんと呼び、私も彼を下の名前で呼んだりはしなかった。

 今思うとそうやって不確定な関係を続けることが私たちの望みだったのだと思う。恋……。という関係に落ち着くことをどこかで恐れていた。ゴールにたどり着いたら後悔する。そんな気持ちだったのかもしれない。

 恥ずかしい話だけれど、私たちは終わりを迎えるまでずっとプラトニックだった。タイミングを逃し続けたわけではないけれど、私たちは身体を重ねたりはしなかった。したのはキスぐらい。

 いや、正確には違う。一度だけ、男女の関係になりかけたことがあった。そう、あれは……。


「混んでるねー」

「そうだね。これじゃ着くのは一時過ぎか……」

 ある夏の日、私たちは湘南海岸の国道で渋滞に巻き込まれていた。エアコンから噴き出す冷風は全開で少し寒いぐらいに感じる。前の車に目をやると小学生ぐらいの子供が退屈そうに座っていた。

「やっぱり時期外した方がよかったかもね」

「まーねー。でも六月だってここは混むんだよ? 長谷寺とか紫陽花の名所だからさ」

「あー。そうだよね……。鎌倉ってなんでいつもこうなんだろうね?」

 私の記憶の中の湘南・鎌倉は空いていた例しがない。母と一緒に遊びに来たときもこうして渋滞に巻き込まれたし、ヒロさんと一緒のときも混んでいた。まぁ、ヒロさんは地元民なのでうまいこと裏道を使ってくれたけれど。

「東京からも近いし仕方ないよ。トイレ大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。楠田さんは?」

「俺も大丈夫かな。でも喉渇いたよ」

 そんな他愛のない会話をしながら車はのろのろと前進していく。ウミネコの声が妙に耳に残った――。 こうして楠田さんと出かけるのはもう年中行事になっている。普段は神田の書店で本を漁ったり、上野の喫茶店でまったり過ごすけれど、年に数回はこうしてお泊まりデートしていた。お泊まりの……。プラトニックデート。

 江ノ島の橋の近くの駐車場に車を停める。駐車場の上でもウミネコが飛び交っていた。みゅあみゃあとなくその声はまさに海の猫のようだ。

「着いたねー」

「そうだね。じゃあ行こうか」

 日差しが眩しい。眩しさを通り越して痛いくらいだ。天高くにある太陽を遮る雲もなく、絶好の観光日和だと思う。

「人いっぱいだねー」

「やっぱり週末は混むよね。先に旅館行く?」

「うん! そしたら神社行きたいな!」

「りょうかい……。荷物置いたら山登りだね」

 端から見たら普通のカップルに見えるとは思う。けれど、私たちは自分たちがカップルだという自覚があまりなかった。付き合っている……。に限りなく近いけれど、お互いに線引きする関係――。なのだと思う。

 その境界線は酷く曖昧なものだ。だって世のカップルと比べても私たちはうまくいっていると思う。違いがあるとすれば付き合うという口約束せず、お互いの裸を知らないことぐらいだろう。

 おそらくだけれど、私たちはこの境界線を楽しんでいるのだ。越えないこと。それが私たちの関係を継続させてくれている。そんな風に思うのだ。それはまるで道路の縁石の上を歩いているような感覚だった。落ちないように歩く。親が注意してもやめない。そんな危険な遊び。

 肉体関係を持ってしまったら壊れてしまう。そう思ったのかもしれない。すでに処女を喪失した私もすでに童貞を喪失している彼も異性の味を知らないわけではないけれど、そういう問題ではなかった。きっとこれは私たちだからそう思うのだ。他の誰かだったらそうは思わない……。いや、思えないだろう。

 江ノ島に架かる橋を渡りきると神社への坂道が顔をのぞかせた――。


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