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パンデモニックプラネット8

 彼と出会ったのは今から4年前だ。当時の私はまだ高校生で慌ただしい学生背活を送っていた。

「はじめまして。渋谷逢夜です」

「はじめまして……。楠田晃です」

 彼は私より1歳年上の大学生でアルバイト先の先輩だった。初対面の印象は正直薄かったと思う。髪型も普通の黒髪だったし、体型もの絵に描いたような中肉中背。ミスター平均点。そんな感じ。

 アルバイト先は塾で、彼は小学生相手に算数の授業をしていた。私はというとプリントを配ったり、採点したりと簡単な手伝いだけだ。まぁ、それでもアルバイト代は他のコンビニなんかよりは高かったし、私としては不満はなかった。

「楠田さん。プリント印刷できましたー」

「ああ、ありがとう。まったく塾長にも困ったもんだよね。俺らに丸投げして出かけちゃうんだもん」

「そうですね。あの人、そういうとこありますよね」

 塾長。私たちの雇い主はとにかくずぼらな人間だった。こうしてプリントだけ丸投げして出かけるなんてしょっちゅうで、そのたび私たちはその尻拭いをしている。まぁ、とはいってもやることは簡単だ。幸い、ここの生徒たちはみんな真面目に授業を受けてくれたし、何より楠田さんは生徒たちから人気があった。

 これは彼の見た目とどことなくトロそうな口調のせいかもしれないけれど、生徒たちは楠田さんをとても慕っていた。

「じゃあさ、俺は授業いってくるからね。渋谷さんはどうする?」

「あ、私は二年生のプリント丸付けあるのでやってます」

「そっか。じゃあよろしく」

 こんな感じで私たちは役割分担していた。ある意味においてそれは理想的な関係だったのかもしれない。必要以上に関わらない。それが心地よかった――。

 そんな感じで私たちは一緒に子供たちの相手をしていた。もっとも、私は直接的に子供たちに何かを教えたわけではない。楠田さん一人では全員につきっきりになれないのでその補助だけだ。

「渋谷先生ここ教えてー」

 ある小学二年生の生徒が手を上げた。おかっぱ頭の女の子。

「はーい」

「あのね。かけ算がわからないの」

「そっかー。じゃあ2の段の九九言ってみようかー」

 私がそう言うと、その子は一生懸命、二の段を言ってくれた。にいちに、ににがし。

「にはじゅうろく……」

「はい! じゃあ、林檎を二個ずつ八人だからいくつかな?」

「うーん……。じゅうろっこ?」

「はい! よくできました」

 私の声を聞くと彼女は嬉しそうに笑った。

「ありがとー」

「どういたしまして。じゃあ次の問題やってみようか!」

 自分で言うのも変だけれど、私には子供の相手をする才能があるのかもしれない。彼らが何も求め、どう言ってほしいか手に取るようにわかる。

「はい。今日はここまでです。家に帰ったらお父さんお母さんにも見てもらってくださいね」

「はーい」

 生徒たちはそんな風に元気に返事をすると帰って行った……。

「渋谷さん教え方うまいよね」

「え? そうですか?」

「うん。慕われてるし、講師の才能あるかもね」

 教室のテーブルを拭いていると楠田さんは自然な口調でそう言った。この人はたまにこんな風に褒めてくれるのだ。

「ありがとうございます……」

 私はそれだけ返して俯いた。

 それから楠田さんと親しくなるまでさほど時間が掛からなかった。おそらく、私たちはお互い似ていたのだと思う。

 ミス平均点とミスター平均点。特出すべきものがないもの同士。何者にもなれない同士……。

 当時の私は幼いながらも将来について考えていた。

『ああ、こんな人と結婚して子供産んで一生終えるのだろうな』と。

 初恋ではなかったけれど、私にとって彼は特別な存在だったのは確かだと思う。特別で、同時に空気みたいな存在。

 その頃の私はそんな風に思っていた――。


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