パンデモニックプラネット7
江ノ島へと架かる橋は人々で賑わっていた。家族連れが多く、子供たちははしゃぎ回っている。
「晴れて良かったねー」
「そうだね。ヒロさんと出かけるとだいたい雨だから珍しいよ」
「分かる! ヒロさんて雨女だよね」
これは母も言っていたことだけれど、ヒロさんは完全に雨女だった。母のバンドの屋外公演は大概が雨で、よくレインコンサートと揶揄されてるらしい。これだけなら母が雨女なのかもしれないけれど、母が単独でイベントに出るときは大体快晴のようだ。消去法的に雨女はヒロさんということになる。
「のんちゃんも……。あ、うちの旦那くんもね! ヒロさんとよく出かけるんだよ。それで毎回降られてるみたいだからねー」
「やっぱり? 私もヒロさんと出かけるとだいたい雨なんだよね」
もう確定で良いかもしれない。舞洲ヒロは雨女。
江ノ島の入り口にたどり着くと私は島の頂上を見上げた。山の上に展望台が見え、そこへ向かう坂道には土産物屋や旅館が乱立している。
「賑やかだねー」
「うん。やっぱり観光地だもんね」
「よーし! じゃあ頂上へゴー!」
愛衣さんは子供のようにはしゃぐと坂道へ向かって走り出した。
愛衣さんに着いていって分かったけれど、彼女はかなりの健脚のようだ。歩くペースが速く、途中で止まったりもしなかった。
「愛衣さんってスポーツ得意でしょ?」
「うん。好きだよ。球技でも陸上でもなんでもするかな? 一番好きなのは山登りだけどね」
「私は十人並みかな……。ふぅー」
正直に言おう。私は愛衣さんに着いて行けなかった。最初はなんとか彼女に合わせていたけれど、さすがにペースが速すぎる。
「あ! ごめんごめん。いつもの調子で歩いちゃったね……。ちょっと休もうか?」
「うん……。ごめんね」
すごい体力だ。素直にそう思う。それと同時に竹井くんは大丈夫なのか心配になった。こんなに健康な奥さんじゃ逆に苦労が多いかもしれない。
それから私たちは江島神社の鳥居の前の茶屋で休憩することにした。店先には誰が買うのか分からないようなキャラクターのキーホルダーが売られている。
「愛衣さんってすごい体力だよね」
「そう……。みたいだね。のんちゃんにも同じこと言われるよ。自覚はないんだけどね」
「いいなぁ。私も病弱ではないけど、それくらい健康なら良かったよ」
愛衣さんは「まぁねぇ」と中途半端な返事をした。どうやら体力があることがコンプレックスらしい。
「病弱じゃないのはありがたいんだけどさ……。ほら、私って健康体過ぎるからみんな心配してくれないんだよね。贅沢だけど病弱な美少女とかに憧れちゃう」
「ハハハ、でも……。ちょっと分かるかな。弱々しい方が男子も優しくしてくれるもんね」
「そうなんだよ! 昔っから男子には体力バカっていじられまくってるからさー」
そう言うと愛衣さんは苦笑いを浮かべた。
「でも健康が一番だと思うよ? 旦那さんだって病弱な奥さんじゃ気が気じゃないだろうし」
「うーん……。まぁ、そうだね。でも! のんちゃんは病弱かどうかはともかく私の心配はいつもしてくれるんだよ。あの人、頼りなさそうだけどいざというときは頼りになるんだよね!」
惚気……。なんだと思う。自分の旦那の話をする彼女はとても嬉しそうだ。
「いいなぁー。竹井くんって旦那さんっぽいもんね」
「まぁね。……ってあんまり身内褒めるのもどうかと思うけどさ」
「いいんじゃない? 旦那の悪口言うよりはずっと良いと思うよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
素敵なカップル……。夫婦だ。私はそう思った。本当に理想的な関係だし、何より互いを理解し合っているように見える。
「私は結婚とかまだまだ先かなぁ。できれば20代前半にはしときたいけど……」
「逢夜ちゃんはいい人とかいないの?」
「今はいないかな。半年ぐらい前に別れちゃったからさ」
ふと半年前のことを思い出した。あの当時は別れるとは思わなかった彼のことを。
「そっか……。早くいい人できるといいね」
愛衣さんは穏やかに笑うと「ね!」と付け加えた。でも……。
なぜ別れなければいけなかったのだろう? 今でもそう思う。彼は運命の相手だと思っていたし、もっと言えば今でもそうだと思っている。
分かってはいるのだ。それは私の執着で私の過去。だから……。




