パンデモニックプラネット6
江ノ島に初めて行ったのは私が小学生の頃だ。たしか東日本大震災の翌年だったと思う。両親に連れられて鎌倉・江ノ島旅行。そんな感じだった。
当時の両親は今ほど忙しくなかったので、年に数回は旅行に行っていた気がする。まぁ、旅行といっても関東近郊で日帰りしただけだけれど。
「逢夜さんはこっちよく来るの?」
食事が終わると愛衣さんにそう聞かれた。
「よく……。うーん、鎌倉まで出てくるのは少ないかな。横浜まではよく行くけど、こっちは2年前に来て以来だから」
「そっかぁ。私はトレッキングが趣味だから山ばっかり行ってるよ。でも海は良いよね! 私たちの地元、国立だから海に縁がなくてさ」
愛衣さんは無邪気に笑いながらトレッキングの話を聞かせてくれた。私とはタイプが違うけれど悪い子ではないように感じる。
「あ、すまんすまん。ちょっと竹井くんと打ち合わせしたいねん。一応、社外秘の書類もあるから2人は外して貰ってもええか」
ヒロさんは拝み手で言うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいですよ! じゃあ、うちらは先に江ノ島行ってますねー」
「そうして貰えると助かるわ」
「はーい。じゃあのんちゃん。後から追っかけてきてね」
愛衣さんはにっこり笑うと竹井くんの肩を軽く小突いた――。
湘南の海は心地が良い。潮風も。ウミネコの鳴き声も。
「あの2人は仲良いんだよね。姉弟みたいだよ」
「そうみたいだね。ヒロさんってあんまりしゃべる人じゃないから珍しいと思った」
「だよねー。まぁ、のんちゃんもいい先輩できてよかったけどさ」
並んでみて分かったけれど愛衣さんは私よりも背が低い。おそらく150cm前半だと思う。
「愛衣さんは検事さんになるんだよね」
「そだよー。まぁ……。まだ予定だけどね。逢夜さんは?」
「私は決まってないかなー。たぶん普通に就職するとは思うけど」
「へー。私はてっきり音楽関係かと思ったよ」
ああ、やっぱり。と私は思った。これは友達みんなに言われることなので仕方がないけれど、とかく音楽関係に進むと思われているらしい。
「うーん……。お母さんとは違う道に進むとお思うよ。私、楽器とかできないからさ」
「そうなんだ! ちょっと意外」
予想通りの反応。みんな同じリアクションをする。
コンプレックスというわけではないけれど、私は音楽に関しては母に全く似なかった。ピアノを弾けないし、弦楽器もできない。歌だってほとんど歌わないし、作詞作曲の才能も皆無だった。
「どっちかっていうと父親似なんだよね。私のお父さんは器用貧乏で色々中途半端にできる人なんだけどさ。私もそれに似たんだと思う」
「そっかぁ。でも色々できるんならすごいじゃん」
「うーん……。まぁ、平均点よりちょっとよくできるだけだけどね」
ミス75点。もし私を例えるならそれが適当だと思う。本当にすべてにおいてそんな感じなのだ。勉強だって学年で中の上だったし、運動会の徒競走だって毎回2等か3等だった。
ある意味、それはとても幸せなことなのだとは思う。特出して何かができるわけではない代わりに、特別ダメでもない。母はそんな私を羨ましいとよく言っているけれど、私は複雑な気持ちだった。
本当に普通なのだ。母のような個性が私にはない。それはまるで病院の壁紙のようにつまらない人間だと思う。まっさらでもなければ、どす黒くもない。そんなつまらない壁紙。
「私は逆なんだよね。できることとできないことの差が激しくてさ」
愛衣さんは照れながら苦笑いを浮かべた。
「そのほうが良いと思うな……。ほら、私みたいに中途半端だとやりたいこととかも見つからないからさ。愛衣さんはすごいよ! ちゃんと自分の進路決められてるしさ」
「そうかなぁ。でも……。ありがとう! ま、私が検事なりたいのはドラマの影響ってだけなんだけどね」
愛衣さんは舌を出して笑う。
遠くにあった江ノ島が近づく。国道に掛かる歩道橋を何本か越えると島に掛かる橋が見え始めた。空を見上げると雲は1つもなかった。あったのはただ青い空だけ。




