パンデモニックプラネット5
ヒロさんの車が湘南の海岸線を走り抜ける。愛衣さんは車窓の景色を嬉しそうに眺めていた。
「やっぱり江ノ島いいですよねー。ゼミ仲間と何回か来たけど、また行きたいなー」
「ハハハ、行ったらええがな。てか飯食ったらいくか? 歩いても行けるような距離やし」
「やったー。……ってごめんなさい。逢夜さん大丈夫ですか?」
感情が忙しい人だ。はしゃいだり気を使ったり、コロコロ変わる。
「私は大丈夫ですよ。むしろ行ってみたいかな」
「やった! 一緒に神社お参りしましょうね」
愛衣さんが盛り上がる横で竹井くんは黙っていた。スマホで誰かに連絡しているらしく、そちらに集中している。
「ねぇ! のんちゃんも行くんだかんね!」
「ん? ああ、分かったよ」
このやりとりをみて分かったけれど、竹井くんは完全にインドア派のようだ。おそらく部屋で本でも読んでいる方が性に合っているのだろう。私もインドア派なので気持ちは分かる。
海岸線をしばらく走るとヒロさんが右にウインカーを出して飲食店の駐車場に入っていった。かなりアメリカンな外観のハンバーガーショップで、屋外にも丸テーブルがいくつか並べられている。
「初めて竹井くんと来たんもここやったね」
「そうですね。すっかり常連になった気がします」
「せやね。愛衣ちゃんは2回目か……。なんやここばっか来とる気がするな」
ヒロさんの口ぶりから、ここは彼らにとって大切な場所であることがうかがえた。正確にはヒロさんにとって特別な場所なのだろうけれど、竹井夫妻もまんざらでもないように見える。
ヒロさんが店の木製の扉を開く。開けた瞬間、食欲をそそる香りがした。バーベキューソースだ。ニンニクと生姜、そして油の匂い。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい。今日は団体さんだね」
私たちが店内に入ると50代くらいの女性が迎えてくれた。小麦色の肌をした女性で、健康的に歳を取っているように見える。
「せやねん。あ、この子は逢子の娘やで!」
「え!? どれどれ」
店主の女性は私の顔をしげしげと覗き込んできた。
「こんにちは」
「こんにちは! うん。間違いないわ。誰が見ても逢子ちゃんの娘ね」
そう言うと彼女は納得したように「うんうん」と数回うなずく。
それにしても今日は母とよく比較される日だ。大学に入ったばかりの頃に「渋谷さんって三坂逢子に似てるよね」と言われたことをふと思い出した。公表していないのに言われるのだからよほど似ているのだろう。「したらメニュー決めようか?」
私たちはヒロさんに促されて窓際の席に着いた。窓からは太平洋が見える。
「好きなもん頼みや。勘定は気にせんでええからな」
「いつもすいません」
「かまへんよ。これでもあんたらよりは稼いでるからな。逢夜ちゃんも好きなもん頼みや」
ヒロさんは機嫌が良さげだ。もしかしたらこんなに機嫌が良いのは初めてかもしれない。少なくとも母と一緒でここまで機嫌の良いヒロさんを私は見たことがない。
波の音が聞こえる。静かだけれど力強い音だ。
ウミネコの鳴き声が聞こえる。もしかしたらカモメかもしれないけれど。
「今度はヘカテ-さんと一緒に来たいなー」
「そうだよね。あの人も肉好きだからきっと喜ぶと思うよ」
「だよねー。もう2ヶ月ぐらいヘカテ-さん顔見てないなー」
ヘカテ-さん。『バービナ』のヴォーカルのことだと思う。みんな彼女を『ウラちゃん』と読んでいるが、本名は『キョウゴクヘカテ-』らしい。最高に変わった名前だ。私のセンスではとても思いつきそうにない。
「ウラちゃんもほんまに頑張るよな。もしかしたら私より働いてるんちゃう?」
「……。否定しきれませんね。いつ寝てるか疑問なぐらい働いてますから」
「せやろ? 若いって羨ましいわぁ」
そんな話をしているとハンバーガーが運ばれてきた。
「したら温かい食おうか?」
最高においしそうだ。
では、いただきます。




