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パンデモニックプラネット4

「お、来たな」

 ヒロさんは視線を上げて彼らに手を振った。彼らも手を振り返す。

「したら逢夜ちゃん。悪いんやけど、一旦降りて貰ってもええかな? この車ツードアやから乗れんねん」

「あ、はい。今降りますね」

 私は車から降りると助手席を前に倒した。同時に彼らに挨拶される。

「こんにちはー。はじめまして」

 最初に挨拶してくれたのは女の子のほうだった。柔らかい声。心なしか女性らしい甘い匂いがする。

「は、はじめまして。渋谷逢夜です。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。ほら! のんちゃんも挨拶しなよ」

 女の子に促されて男の子も挨拶してくれた。竹井希望。『バービナ』のドラマーだ。

「はじめまして、竹井です。えーと……。三坂さんにはお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ母がお世話になっております」

 まるでお見合いだ。そんな風に思った。竹井くんは割と人見知りらしい。ちなみに『三坂さん』というのは母のことだ。母はバンドで活動するときは今でも旧姓を名乗っている。

「したらあんたら乗って! 後ろの席狭くてすまんけど」

「はーい、お邪魔します。ほら、のんちゃんが舞洲さんの後ろに行って!」

「うん」

 不思議な夫婦だ。いや、夫婦には見えない。私と同い年だし、カップルや夫婦というよりは兄弟のようにさえ見える。

 彼らがヒロさんの車に乗ると車体が少し低くなった。重心が後ろに傾いたようだ。

「ありがとう逢夜ちゃんも乗ってな」

「はーい」

 車内は文字通りすし詰め状態だ。まぁ、ヒロさんの車は人を乗せるための車ではないので仕方がないと思う。

「したら今から首都高乗って湘南方面行くで」

「はーい。安全運転でお願いします」

 愛衣さんがそう言うと「ああ、気ぃつける」とヒロさんが返した。

 ヒロさんは慣れた調子で高速のインターチェンジに入っていく。ひさしぶりの首都高。中学の家族以来かもしれない。

 ルームミラーを覗き込むと竹井くんと目が合った。目が合った瞬間、彼は苦笑いを浮かべる。

「あ、すいません」

「いえいえ、こちらこそ……」

 竹井くんはばつが悪そうにした。

「もう! そんなに凝視してたら気持ち悪いでしょ!? そんなに好み?」

「ち、違うよ! ただ、似てるなーって思ったからさ」

 竹井夫妻(夫妻というと違和感しかないけれど)はそんな痴話喧嘩を始めた。

「よく言われるんですよ。ほら、私って母親似だから」

「あ、やっぱりそうですよね。いやー。三坂さんとうり二つだから驚きました」

「ハハハ、そうですよね。性格はあんまり似なかったけど、顔は母の若い頃にそっくりみたいですからね」

 そんなやりとりをヒロさんは黙って聞いていた。機嫌は良いらしく、相変わらず指先でリズムを刻んでいる。

 改めて思うけれど、私の容姿は本当に母に似ていると思う。違いがあるとすれば母は視力が弱いので眼鏡を常備していることぐらいだろう。まぁ、視力と性格は父親に似たので私は完全にあの2人の娘なのだとは思う。

 車内の雰囲気は悪くなかった。愛衣さんは陽気な人で、冗談を言ったり笑ったり感情の流れが忙しい。私もどちらかといえばあまり話すタイプでもないので、ムードメーカーがいてくれるのはありがたかった。

 一方、竹井くんは私に近いタイプに思えた。思考が頭の上をくるくる回っているようなタイプの人間なのだと思う。よく言えば思慮が深い。悪く言えば頭でっかち。そんな感じだ。

 客観的に見ると竹井夫妻は理想的な夫婦に見えた。寡黙な旦那と社交的な奥さん。世間的に見れば理想的な夫婦かもしれない。

 1時間ぐらい走ると湘南付近までたどり着いた。都内とは景色が違う。

「せや、ウラちゃん変わらんか? あの子も逢子と似とるから仕事1人で抱えこんどるやろ?」

「ええ、そうですね……。僕も七星くんも手伝うって言うんですが聞いてくれないんですよね」

「ハハ、分かる気がするで。きっと頑張り屋で不器用なんやろなー」

 ウラちゃん……。『バービナ』のヴォーカルのことだ。本名は『京極裏月』。母伝えの情報だと彼女もかなり癖が強いらしい。

「ウラさんって母に似てるんですか?」

「あー。せやね……。竹井くんはどう思う? 逢子とウラちゃん似とるかな?」

 竹井くんはしばらく「うーん」と唸った。

「似てると言えば似てるかな……。テンションとか気遣いとかはそんな気がします」

「ほんまにな。まぁ2人とも苦労性やからなー。でも頑張り屋なんはええことやけどな」

 間接的に母の話を聞くのは妙な気分だった。どうやら私から見える母と仕事仲間から見える母の印象はかなり違うらしい。私の知る母は優しくてだらしなくて……。そして何よりよく笑う人だ。

 高速を降りる。降りた瞬間にヒロさんはギアを落とした。

「竹井くんとあの店行くんは何回目やろね? 愛衣ちゃんも一緒に行ったの入れたら5回ぐらいかな?」「そうですね。それくらいだと思います。店の奥さんにもすっかり覚えられましたから……」

 ヒロさんと竹井くんは思っていたより仲がいいようだ。親子ほど歳が離れているのに不思議だけれど、同じバンドマンだとこうなのかもしれない。

 海が見える。湘南の海だ。海岸線でサーファーたちがサーフボードを持って歩いている。

「やっぱりここはええね。東京よりこっちのが肌に合ってるきがする」

「そうですよね。前はこっちでしたもんね」

「せやねん。あーあ、また神奈川県民なろうかな? 仕事には不都合やけど早めに移動すればええだけやし」

 そう言うとヒロさんは運転席の窓を開けた。強い潮の匂いが鼻を突いた。 

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