Track12 ユキノキヲク
ウラの父親の葬儀はなんとか無事に終わった。俺は葬儀の翌日に東京へと戻れた。会社には週末前に有休を貰っていたから割と長い休暇になった。
そんな連休の最終日の晩、健次さんから飲みの誘いを受けた。
『大志君ひさしぶりやなー。どーや? 今日の夜にでも飲みいかへん? うまい串カツ出す店知っとんねんけど?』
健次さんはいつも通りのコテコテの関西弁だ。
「いいっすね! 是非行きましょう!」
『よっしゃ! ほな、店の地図送ったるから現地集合しよか? 6時に店に来てくれな!』
「了解です! では現地で!」
こうして健次さんと飲みに行くのは本当に久しぶりだった。俺が上京したころはよく誘われて一緒に飲みに行ったものだ。彼は酒豪で相当な量の酒を毎回飲んでいた。酔った健次さんはバンドマンというよりただの酔っ払いのオッサンにしか見えなかった。でも俺はそんな彼に親近感を覚えることができた。
夕方、俺は健次さんに誘われた串カツの専門店まで向かった。健次さんは俺より早く到着したらしく、先に飲み始めていた。
「お! 大志君こっちやでー。先にやらせてもらとるで」
「遅くなってすいません」
「ああ、かまへんよ! 俺が勝手に早めに来ただけやから。大志君、生でえーか?」
「はい、生で!」
健次さんは店員に生ビールと串カツの盛り合わせを注文した。彼はこの店の常連らしく、店員の若い女の子と親しく話をしている。
「大志君大事な話があんねん!」
健次さんは改まった口調でそういうと俺の方を真剣な目で見てきた。
「なんすか? 急に改まって?」
「あのな……。ほんま大事やから一度しか言わへんで!」
俺は真剣な表情の彼が何を言うのか、息を飲んで待った。
「ええか! 串カツはソースの二度付け禁止や! これは絶対的なルールやから守らなあかんで!! 二度付け厳禁やからな!!」
そういうと健次さんはニヤッと笑って俺の肩を叩いた。
「な……。そんなことですか……。俺はてっきりもっとまじめな話かと……」
「なにゆーとんねん! 真面目な話や! 関西やったら常識やで!! 最近の関東の子はそのこと知らへんから平気で、二度付けするんや! せやから前もって言わせてもらったんやで?」
健次さんは真面目なのか冗談を言っているのかよくわからない言い方をした。これだから関西人のノリには着いていけない。
少しすると、揚げたての串カツが俺たちの前に運ばれてきた。俺たちはジョッキで乾杯をしてから串カツを肴に飲み始めた。彼は陽気なテンションで軽く冗談を言いながら、俺の近況を聞いてくれた。彼は人の話を聞くのがうまく、共感しながら俺の苦労話をねぎらうような言葉を掛けてくれた。
「そーかー、ウラちゃんがそんなこと言っとったんか……。あの子も苦労人やからなー。お父ちゃんのことも辛かったんやろなー」
「そうなんすよ。で、俺もウラに何か言ってやりたかったんすけど、適当な言葉が見つからなかったんですよねー。情けない話っすけど」
「まー、しゃーないやん? 親子関係はウラちゃん自身の問題やし、大志君に話せただけでもあの子スッキリしたと思うで! ウラちゃんはほんま大志君のことが大好きやからなー」
「そうなんすか? 俺はあんまり実感わかないっすけど」
「なにゆーとんねん! 阿保か! ウラちゃんは大志君のことかなり気に入っとるんやで! 俺と話してても、大志君の話よーするし。むしろ話題に出てこない時がないくらいやから」
俺はまたウラの思いもよらない一面を聞いた気がした。そういえば、前にルナちゃんにも似たようなことを言われた気がする。
「せやから大志君? ウラちゃんのこと大事にしてやらなあかんで! あの子は大志君が居なくなったら大変やからな!」
「……。そうなんすね。まぁ俺もウラのこと嫌いじゃないし、できる限りアイツの力になろうとは思います」
健次さんは「そうしたれ!」と言って酒を飲みほした。それから俺たちは取り止めもなくバンド活動の話をした。バンドの運営に関して健次さんの考え方を聞くとかなり勉強になる。
「なぁ大志君? 前に話したことあったかなぁー? ウラちゃんが月子の下に付く前に前任者がいたんや! ユキちゃん言う子やったんやけどな」
「はい、名前だけは聞いたことがあります。詳しくは知りませんけど、なんか理由があって月子さんの付き人辞めちゃったんですよね?」
「そうなんや! ユキちゃんもええ子やったんやけどなー。まったく月子はほんましょうがない! アイツは悪気がないだけに始末に悪いんやで!」
それから健次さんはウラの前任者の話を聞かせてくれた。そして鴨川月子の本質を……。
あれはもう6年くらい前の話や。俺と月子がまだ関西を拠点に活動しとった頃の話や。その当時の俺らは京都・大阪・兵庫あたりを中心にライブをやっとったんや。俺は地元の京都を離れて大阪の岸和田に住んどったな。岸和田の岸田ってなんか語呂がええやろ?
月子は相変わらず京都におったな。アイツはほんまに地元が好きやった。古都に住んどることにプライドのようなもんがあったのかも知らへんな。
その頃にな。俺以外のサポートギターがほしいって月子が言い出したんや。まぁ、バンドの幅を持たせるためにも必要やったんやけどな。そんな時に俺らのバンドに来てくれたんがユキちゃんやった。
西宮柚季。その当時の年齢が18歳。奇しくも、上京前のウラちゃんと同い年やったんや。
月子はユキちゃんがえらい気に入ってな。そりゃー可愛がっとったわ! 事あるごとに「ユキちゃん! ユキちゃん!」言うていつも連れ歩いとった。ユキちゃんも嬉しそうに月子に着いて回っとった。
俺は最初の頃はええ子が入ったって喜んでたんや。俺と月子以外のメンバーもユキちゃんをそりゃー可愛がっとった。実際可愛かったしな。
でもそんなええ関係は長くは続かんかったんや、月子は次第にユキちゃんに辛く当たるようになっていった。これは月子の悪い癖なんやけど、心を許したと思った女の子にはとにかく我儘なんやねん。最初はニコニコ従っとったユキちゃんも次第に耐えられんようになってったわけやな。
最初は我慢してたユキちゃんも次第に元気がなくなってきたんや。そしてある日、ユキちゃんが現場に来なくなった……。
「ちょっとケンちゃん? なんでユキちゃん来てないんや?」
月子はイライラしながら俺に聞いてきた。
「知らん。お前があんまり強く当たるから嫌気が指したんちゃうか?」
「はぁ? 意味わからへんよ! ウチは別にユキちゃんに辛くなんか当たってへんて」
そう言うと月子は携帯でユキちゃんに電話をかけ始めた。
「ちょっとユキちゃん? なんで練習こーへんの? え? 何言ってるかわからへん! とにかく今すぐ来なさい!」
月子はきつい口調でそう言って電話を切った。それから俺らは練習をした。けど結局その日、ユキちゃんは現場に来ることはなかったんや。
「ケンちゃん! もうウチは我慢でけへん! なんなんあの子!? ウチがこんなに頼んどるのに顔も出さないとかありえへんやろ!?」
月子はそれはそれは怒っとった。眉間にしわが寄って、文字通り鬼の形相や。
「月子……。もうユキちゃんのことは諦めたほうがええかもしれんぞ。あの子、頑張っとったけど、これ以上は酷や!」
「はぁ!? ほんま意味わからへん? そしたらええよ! 今からユキちゃん迎えに行ってくるわ! 首に輪っか付けてでも連れてくるから!」
そっからは酷かったわー。さすがに俺もな、心配やったから月子に付き添ってユキちゃんの家まで行ったんや。幼馴染とはいえ、あんときの月子にはさすがに引いたで……。
月子はユキちゃんのアパートのインターホンを恐ろしく連打し続けたんや。それでも反応がないとドアを激しくノックしまくった。ホラーやでマジ。
「ちょっと! 居るのはわかってるんやで!! 出てきなさい!!」
「おい月子!! 落ち着けや! そんな剣幕で言ったらユキちゃんやってさすがに出てこれへんて!」
俺はどうにか月子を宥めて、代わりにドア越しにユキちゃんに話しかけた。
「ユキちゃん! 俺やで、健次や! ドア開けたくないなら開けないでもかまへんで! でもちょっとだけ話したいんや。ほんま悪いけど、ドア越しで話しせーへん?」
俺がそう言うと、ドア越しから彼女の声が聞こえてきた。
「健次さん……。ごめんなさい。私どーしても話す気にならへん……。アフロディーテの皆さんには申し訳ないけど、これ以上一緒にいられそうにありません。頼むから帰ってください」
ドア越しに聞こえたユキちゃんの声に月子が反応し、優しい声で話し始めた。
「ユキちゃん……。ごめんなー。ウチが悪かったでー。せやから顔みしてーな? お願い!!」
「月子さん……。ほんまもう堪忍してください! もうお会いするつもりはありません。今までほんまお世話になって申し訳ないと……」
その言葉を遮るように月子が叫び出した。もうそれは発狂してるようやったで。
「あー!? なんやその言い草は? ウチが下手に出たと思って調子乗っ取るんか? 今からドアこじ開けて引き釣り出したるから待っとき!!」
それからはほんまに酷い有様やった。月子が本当にドアをぶち破って中に入っていったんや。俺は月子を抑えるのに必死やった。
「いやー!!」
ユキちゃんは悲鳴を上げながら窓の方へ逃げていったんや。ヤバいと俺は思ったんやけどもう遅かった……。
ユキちゃんはアパートの2階から飛び降りたんや。その時は俺もさすがに頭真っ白になったで。
幸いなことにユキちゃんは足の骨を折ったくらいで済んだんやけどな。まぁ実際、怪我より精神的なものの方がやっかいやったな。
その時のことは警察沙汰にはならんかった。裏で月子の知り合いが手を回したらしいけど、俺も詳しいことは知らへん。ほんま恐ろしい女やで。
それから俺も大変やった。月子を納得させるために色々と画策したし、ユキちゃんの両親のところには謝りに行った。門前払いされてしまったけどな。
今思い返しても嫌な思い出や。ほんま勘弁してもらいたい。
健次さんはそこまで話すと深いため息をついた。
「なんかヤバいですね。月子さん我儘だとは聞いてましたけど、そんなすごいとは……」
「我儘なんて可愛いもんとちゃうで。アイツはイカれとんねん。なんでか知らんが、月子は若い女の子と仲良くなるといつもダメにしてしまうんや。3年も平気な顔で……。いや平気ではないかも知れんけど、頑張っとるウラちゃんは尊敬に値すると思う」
エナジーヴァンパイヤ。俺はその言葉が脳裏を過った。鴨川月子は今年で42歳になる。それでも彼女の容姿は未だに20代に見えた。まるで若い女の生き血でも吸っているんじゃないかと思うほどに彼女は若々しかった。
「ウラ……。大丈夫なんすかね?」
「そうなんや。俺はな、ウラちゃんが心配やねん。前も言ったけど、そのうち月子にダメにされてしまいそうな気がすんねん。ウラちゃんみたいに才能がある子がアイツの食い物にされるのは嫌なんや」
健次さんはそう言って頭を抱えた。
今現在のウラはそこまで打ちのめされてはいないようだ。でもそのうち、ユキさんのようになってしまうのではないだろうか?
健次さんの話を聞きながら俺はウラを支えていこうと改めて思った。可能であれば、月子さんから離れさせてやらなければ……。
しかし、健次さんと俺の不安は最悪なことに的中してしまう。
そしてここからが、鴨川月子と京極裏月の物語の起点となった。




