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パンデモニックプラネット1

 白い壁にはサーフボードとデジタル式の時計が掛かっていた。床は昔の小学校の床のようで、踏むと木の感触が靴の裏から伝わる。

「にしても逢夜ちゃんももう就職か……。なんや早いな」

 彼女は感慨深げに言うと口元を緩めた。

「ハハハ、そうですよね。大学あっという間だった気がします」

「せやろね。うちらも歳を取るわけやな」

「でもヒロさんぜんぜん変わってないですよ! ママは……。母はすっかりおばちゃんだし」

 目の前に座る女性は私の母親と同い年だった。母の話だと幼稚園からの幼なじみらしい。

「そうかな? まぁ、逢子は苦労しとるからね」

「そうなんですか? すごい脳天気そうに見えますけど」

「脳天気か……。そう見えるかもしれんけど、あんたのママは苦労人なんやで? 娘に辛そうな顔見せんあたりあの子らしいけどな……」

 おそらくヒロさんの言うことは本当なのだと思う。でも私はそれが信じられなかった。少なくとも母は私に対して愚痴を吐かなかったし、基本的には陽気な人だと思う。

 それからヒロさんはDOLEのオレンジジュースをコップについでくれた。

「最近は若い子と遊ぶ機会多いから楽しいね。そういえば後輩のドラマーの子は逢夜ちゃんと同い年やったかな?」

「もしかして竹井くん……。ですか?」

「あれ? 何で知っとるん?」

「ええ、母がこの前会ったって言ってたので。なんか面白い人らしいですね」

 私の「面白い」という言葉にヒロさんは「せやな」と嬉しそうに笑った。

「最近売り出しとる『バービナ』ゆうバンドのドラマーなんやけどな。知っとるか? バービナ」

「知ってますよ。実は去年の野音にも行ったんです」

 母が竹井くんに会う少し前、私は大学の友達と一緒に日比谷のライブに行った。友達が『バービナ』の大ファンで私は付き添った形だったけれど。

「そうなんや。あの子らおもろいよな。逢子もウラちゃんのこと気に入ったみたいでな……。あ、ウラちゃんゆーんはヴォーカルの子やで」

「母も言ってましたね。たしか私より少し年上だったかな? 楽しい人ですよね」

 母の話だと『バービナ』というバンドはデビュー前に色々あったらしい。何でも母のバンドのライバルの女性が『バービナ』の前のドラマーを包丁で刺したとか。たしかそれで加入したのが竹井くんだったはずだ。

「ほんまに楽しい子らやで。私もすっかり竹井くんとは仲良くなってなー。あの子はなんちゅーか核心突くようなとこあるから私もハッとさせられるで」

 ヒロさんはそういうと人なつっこい笑みを浮かべた。

 舞洲ヒロは私の母のバンドのドラマーだ。母の話だと腐れ縁らしい。不思議な話だけど、私の小さい頃から彼女の容姿は一切変わっていない気がする。母と同い年ならもっと老けていても良さそうだけれど、どう見ても20代後半にしか見えなかった。

「なぁ。逢夜ちゃん今度竹井くんにおうてみんか? 同い年やし仲良くなれると思うねんけど」

「え!? いいんですか。私も『バービナ』のファンなんで嬉しいです」

「ハハハ、それやったら良かったで。ま、彼は一応既婚者やから恋仲とかはないとは思うけどな……。ちょっと話すぐらいならええやろ」

「ああ、そういえば竹井くん最近結婚したって言ってましたよね」

「せや。なんか幼なじみと結婚したんやと。めっちゃ驚いたで」

 こんなに楽しそうに話すヒロさんを見るのは珍しいことだった。基本的に彼女は無表情で感情を外に出すようなタイプではない。

「早いですよねー。じゃあ会えるの楽しみにしてます」

「せやね。予定決まったら連絡するわ」

 こうして私は『バービナ』のドラマーと会う予定ができた。素直に嬉しい。そう思った――。


「おかえり」

 家に帰ると母が眉間に皺を寄せてテーブルで作業していた。愛用のMacBookのキーボードが小気味良い音を立てている。

「ただいま。ヒロさん相変わらずだったよ」

「そうやろな。あの子は変わらんから。今から晩ご飯作るから待っててな」

「あ、いいよ。今日は私が作るからさ。ママはパソコンしてて」

「ほんまに? ありがとう。助かるわ。冷蔵庫に豚肉入っとるから使ってええで」

 すっかり慣れたけれど、母とは最近こんな感じだ。ライブの準備で忙しいのか、母はいつも仕事している気がする。

 さて、夕飯の支度をしよう。豚肉と野菜があれば簡単なおかずぐらいは作れるはずだ。

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