ヘカテーブライド3
7月7日。七夕。
僕と愛衣は京極さんに呼び出されて、高田馬場駅近くのカフェを訪れていた。
この店は京極さんのお気に入りで、僕も何回か連れてきてもらったことがある。
「やぁ、新婚さんいらっしゃい」
「ありがとうございます」
京極さんはやたらニヤニヤしていた。冷やかす気満々なのだろう。
愛衣は珍しく大人しくしている。相づちを打つ程度で余計なことは一切口にしなかった。
「とりあえず……。改めましてご結婚おめでとうございます。やー、なんか自分の子供が結婚した気分だよ」
「ハハハ、その言葉は七星くんが結婚したときに取っておいて下さい。それで今日は?」
「うん。のんちゃんたち夫婦の結婚パーティーしようかなーって思ってさ! その打ち合わせみたいな感じだよ。ほんとはサプライズがよかったんだけど、西浦さんにのんちゃんたちのも話しとけって言われてさ」
ノンシークレット。でもその方がありがたい。急遽、パーティなんて言われても僕は困る。
「そうだったんですね。ありがとうございます。大学卒業するまで、お祝いはお預けだと思ってたので嬉しいです」
「うんうん。ま、せっかくだし? あいちゃんにもパーティドレス着てもらって派手にやろう! あいちゃん的には問題ない?」
「はい……」
なんだろう。やたら愛衣は大人しい。昨日はあんなに元気だったのにどうしたのだろう。
「あの! ヘカテーさん本当にありがとうございました。やっと、やっと私の思いが届いてすごく嬉しいです」
そう言うと愛衣は急に涙を流した。
「ちょ!? あいちゃん! 落ち着きなよ」
こんな情緒不安定な愛衣をみたのは初めてかもしれない。僕は彼女の肩をそっと抱いた。
京極さんはバツが悪そうに頬を掻く。
「あいちゃんは嬉しかったんだよね……。のんちゃんがもっと早く言ってあげてればそうはならなかったのにさぁ」
「え? 僕のせい?」
「そうだよ! あーあ、悪い男だなー」
愛衣が焼きやむまで少し時間が掛かった。その間、京極さんは例によってタバコを吸って待っている。
「もう……。もう大丈夫! ごめんね。急に嬉しくなっちゃって」
「そうか……」
やれやれだ。一次はどうなるかと思ったけれど、どうにか落ち着いてくれた。
「で? 今月下旬あたりにパーティルーム貸し切ろうと思うんだけど、2人が都合がいい日ある? できれば大安で」
京極さんはノートとペンを取り出すと僕たちの顔を交互に見た。
すっかり京極さんにしてやられた気がする。愛衣が僕のこと好きだったにしても、こんなハイスピード婚なんてする予定はなかっただろう。
京極さんは僕たちに世論調査でもするように段取りしてくれた。好きな料理とかアレルギーはないかとか、呼んで欲しい人、呼んで欲しくない人は誰かとか。
やはりこの人は世話焼きなのだ。
「よっしゃ。じゃあこの段取りで会場段取るよ! 今日はありがとね」
「いえいえ、こちらこそです」
僕たちは京極さんにお礼を言うと、店をあとにした――。
「ヘカテーさんて本当にいい人だよね」
帰り道。愛衣は空を見上げながらぽつりと呟いた。
「そうだね。ちょっと強引だけど、親切で優しい人だと思う」
「うんうん。あーあ、早くヘカテーさんも幸せになってもらいたいな」
「ハハハ、まぁ京極さんは今のままでも十分幸せそうだけどね」
事実、京極さんはいつも幸せそうなのだ。僕の知る限り、あれほど楽しそうにしている人はあまりいない。でも、愛衣はそういう意味で言ったわけではないらしい。
「そういう意味じゃなくてさ……。ヘカテーさんも好きな人いると思うよ。しかも、のんちゃんのすごく近くにさ」
愛衣の言葉の意味が一瞬、理解できなかった。
「へ? 松田さん?」
「違うって……。松田さんのことも好きだったろうけど……」
そう言われて愛衣の言葉の意味を理解した。しかし……。そんなことってあるのだろうか?
「とにかく! ヘカテーさんも幸せになってほしいね! 今度は私たちがくっつける番かもね……」
愛衣はそう言うと僕の手を強く握った。僕も握り返す。
どうやら松田さんの心配は杞憂だったようだ。第三者がわざわざ手を加える必要もないのかもしれない。
僕は花嫁姿を想像した。愛衣のではない。
僕の最愛の歌姫。京極裏月の――。




