ヘカテーラバーズ7
家に帰ると弟の勇季がサッカー中継を見ていた。少し見ない間に、身体が大きくなっている。
「ただいま」
「おかえり、母さんたちもうすぐ帰るよ」
両親はまだ帰ってはいないようだ。おそらく、近所である親睦会に出ているのだろう。
「どう大学は? 八王子は住みやすい?」
「まぁまぁかな。姉ちゃんは彼氏できたの?」
ふざけた弟だ。分かってて聞いてくる。私はそんな弟を放置して2階の自室に荷物を運んだ。
私の部屋は相変わらずだった。4ヶ月前に帰省してから何も変わってはいない。小学校の頃から使っている学習机の上には、小中高の頃の写真が飾られている。
ベランダの窓を開ける。爽やかな風が部屋に吹き込み、新鮮な気分だ。ベランダには埃がたまっていた。私がこの部屋にいた頃は、定期的に雑巾がけしていたけれど、今はだれも使ってはいないのだろう。
私は靴下を脱ぐと、ベランダに降りた。足の裏にジャリジャリとした砂の感覚が伝わる。ここから見る景色も徐々に変わりつつあるようだ。高校までは視界にあったスーパーマーケットも今はなく、代わりに大きな駐車場ができている。
いよいよ今夜だ。ヘカテーさんにLINEを入れるとすぐに返事が来た。
『こんにちは、今日はよろしくお願いします!』
『いえいえ、じゃあ10時頃にお願いね! 11時には打ち合わせ始まっちゃうから!!』
私はもう一度、ヘカテーさんにお礼を言うとスマホをベッドの上に置いた――。
両親が帰ってきたのは8時近くなってからだ。
「おかえりあいちゃん。今からご馳走作るからね」
「ただいま! 何すればいい? 料理するよ」
「いいのよ。ゆっくりしてなさい。それよりお父さんの相手してあげて」
母はそう言うとオレンジのチェック柄のエプロンを着けた。
「愛衣、大学はどうだ?」
「普通だよ。今度、実習で検察行くけどそれだけ。ま、たぶん司法試験ストレートいけるんじゃないかな」
「そうか……。まぁ、無理しないでいいからな。なんなら浪人したって構わないんだ」
父の悪い癖がまた始まった。
「いやいや、学費出してもらった上に浪人とかないから安心していいよ。それに……。お父さん一応、公務員なんだからさ。娘の出来が悪いとバツ悪いでしょ?」
父は国立市役所の職員をしていた。ちなみに母も元はお役所勤めだ。思い返してみれば、私の家系は公務員一家だった。両親は役所勤めだし、父方の祖父母は霞ヶ関で仕事をしていた。弟だけは違う道に進みたがっているけれど、親戚の大半が公務員として働いて居る気がする。
「まぁいい……。とにかく! あんまり根を詰めるんじゃないぞ」
父は昔から私に甘いのだ。逆に弟には厳しい。まぁ弟は、控えめに見てもちゃらんぽらんなので致し方ないけど。
「夕飯できたわよー」
父と話していると夕食の時間になった。今日の献立は海老フライとオムライス。どちらも私と弟の好物だ。
1人暮らしするようになって痛感したけど、母の料理の腕はなかなかだと思う。私も料理をするけど、なかなか母のように上手くは作れなかった。いったいどこで習ったのだろう?
家族での団らんは悪くない。両親は厳しいところもあるけど、基本的には理解があるし、何より私を心から愛してくれた。
きっと私はとても恵まれているんだと思う。これ以上ないくらいに――。
夕食後、私はすぐにお風呂に入った。これからやることがあるし、今のうちにさっぱりしておきたい。シャワーで汗を流しながら色々なことを考えた。家族のこと、大学のこと、将来の仕事のこと、そして希望のことを。
風呂上がり、私は冷蔵庫からレディボーデンのバニラアイスを抱えて自分の部屋に戻った。少しだらしないけど、アイスを食べながら髪を乾かすのが私は好きなのだ。
なんて幸せな時間だろう。普段ならもっと忙しないのに今日はゆっくりできている。
髪の毛が乾く頃、隣の家のベランダのサッシが開く音がした。
さぁ、作戦決行のときだ。




