ヘカテーラバーズ2
「はぁ……。疲れた」
女子高生たちにもみくしゃにされたヘカテーさんは大きなため息を吐いた。
「やっぱり人気ですね!」
「うん……。まあね。あいちゃんさー。場所変えない?」
ヘカテーさんはドーナツとコーヒーを口に押し込むとすぐに立ち上がった。あまりここには居たくないらしい。
ミスタードーナツを出ると、私たちは西口公園に向かった。
「いやね……。本当にありがたくは思うんだけど、ああなっちゃうと落ち着いて話できないからさ。高校生は特にね」
「そうですよね。人気者になるのも大変なんですね」
「そうだね。嬉しい悲鳴ではあるんだけど、日常生活がすこーしだけ面倒にはなったかな? もし男遊びなんかしたらあっという間に書かれちゃうんじゃないかな? ま、ここらは自意識過剰かもしんないけど」
ヘカテーさんは苦笑いを浮かべた。彼女の話は決して自意識過剰ではないと思う。希望でさえ大学ではすでに有名人だ。それと関係あるのかは分からないけど、希望は何人かの女子に告白されたらしい。まぁ、彼はその告白を受けはしなかったけれど。
西口公園に着くとヘカテーさんは喫煙所の柵にもたれかかった。
「ごめんあいちゃん。ちょい一服させて」
「いいですよー」
「ありがと」
ヘカテーさんは愛煙家なのだ。彼女は胸ポケットからマルボロの箱を取り出すと口に一本くわえた。
「ふぅ……。やっと落ち着いたよ。あ! あいちゃんは私みたいなドキュンになっちゃダメだよ? タバコなんか吸わないほうがいいに決まってんだから」
「ハハハ、たぶん一生吸わないかな。でも……。ヘカテーさんすごく美味しそうに吸いますよね」
「そりゃあねー。これが私のエネルギー源みたいなもんだからさ! この前までプカプカ仲間いたんだけどねー」
プカプカ仲間。おそらく松田大志さんのことだ。
松田さんは希望の前任のドラマーだ。私は直接、面識はないけれどヘカテーさんと希望から何度も話は聞いている。彼はとても兄貴肌で実直な人らしい。
私はヘカテーさんがタバコを吸っている姿が好きだった。横顔が最高に綺麗で、眼はどこまでも澄み渡っている。
「ヘカテーさんはいい人ととかいますか?」
「ん? いい人? うーん……。今んとこは仕事が彼氏かも……。周りにたくさん男はいるけどそれどこじゃないからねぇ」
仕事が恋人。まるでキャリアウーマンのような言い方だ。でも今の彼女には合っていると思う。
「忙しいですもんね」
「うん。でもそのうち彼氏は欲しいかなぁ。でもさ……。付き合う男みんなダメンズなんだよ。大きな声じゃ言えないけど不倫だってしたことあるし……。まぁアレに関しては既婚者だって知らなかったんだけどね」
「え!? それって」
「ああ、大丈夫だよ。もう別れたし。それにね、その人の奥さんにもバレてない。ってか既婚者だって知ってから間もなく別れたからさ。……ってこんな話されても困るよね」
ヘカテーさんはばつが悪そうにうなじを掻いた。
「いえ……。でもちょっと羨ましいかな……」
「羨ましい?」
「別に不倫したいとかじゃないんです。ただ……。私って今まで彼氏が居たことないから。経験豊富な人ってなんか憧れるんですよね」
ヘカテーさんは「ふーん」と言ってタバコをもみ消した。その反応には興味がないというよりも物珍しいものを見たようなニュアンスが含まれているように感じる。
西口公園の噴水が控えめに吹き出していた。公園内ではサラリーマンや子犬を連れたお年寄りが休んでいる。
「あいちゃんはさー。さっきも聞いたけどのんちゃんと付き合わないの? ってかむしろ結婚しないの? 私は2人が一緒に居るのがすごく自然に見えるんだよね」
「結婚は……。ちょっと極端ですね……。なんか一緒に居るのが当たり前すぎて今更告白とかおかしい気がしちゃってるんです。たぶんのんちゃんも」
そうなのだ。今更、「好きです。付き合ってください」なんて言うような関係ではない。もしどちらかがそう言ったら「冗談だよね?」とお互いにそう返してしまうと思う。
そんな関係が私は好きである反面、とても惜しかった。まるでゴール地点からスタートするマラソンのようなものだろう。最初からゴールしてるからどこにもたどり着けない。
「じゃあさ……。いっそのこと結婚しちゃえば?」
「それは……。あまりにも極端ですね」
極端だ。でも……。案外それしかないかもしれない。
最初はそんな適当な会話からだった。しかし……。ヘカテーさんは割と本気だったらしい。




