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ピュアヒューリーズ39

 ベランダは妙に肌寒い。いくら春先といっても夜は冷え込むようだ。

「あれ? 奇遇だねー」

 隣の家の窓から愛衣が顔を出した。

「やぁ」

「やっほやっほ」

 愛は戯けたように言うとスリッパのままベランダに出てきた。

「来てくれると思ってたよ」

「そりゃあ来ますよ。ここは私とのんちゃんの談話室だもん」

 談話室。まさにそうだ。幼稚園に入る前から僕と愛衣はここでよくおしゃべりしていた。

「そっちはどう? おじさんもおばさんも大騒ぎしてたでしょ?」

「まぁね……。まったくお父さんは過保護なんだよね。いつまで経ってもの子供扱いだしさ」

「ハハハ、そうだろうね。あいちゃん箱入り娘だから」

 愛衣の父親は昔から過保護だった。彼女自身、おてんばだったので父親としては気が気ではなかっただろう。

「ほんとにねー。でもさ! のんちゃんママも一緒じゃない?」

「否定はしないよ。でもそろそろ子離れして欲しいかな……」

 僕たちはそんな他愛のない話を取り留めのなくした。空を見上げると薄らと星が見える。

「そういえば……。舞洲さん良かったね! なんか上手くいったらしいじゃん?」

「うん。てかなんで知ってるの? やっぱり京極さん?」

「そだよー。もう私とヘカテーさんマブだからね」

 マブ? 僕が知らないところでこの2人に何があったのだろう?

「そうなんだ……。とにかく舞洲さんの件は良い方向に進んではいるみたいだね」

「うんうん。でもいーなー。25年越しの恋なんて素敵だよ! 純愛って感じ? あーあ、私もそんな幸せ欲しいな」

「あいちゃんはいい人いないの?」

 この質問をするのは何回目だろう? もう既に恒例になっている。

「いい人……。いたら良いね。のんちゃんは?」

 これも恒例の返しだ。

「いないね。てか居たためしがない」

 ここまでがいつものパターンだ。ルーティン過ぎる。

 しかし……。この日はいつもと少しだけ続きがあった。

「ねえ。のんちゃん? お願いがあるんだけど」

「何?」

「あのさ。今ここで私にプロポーズしてくんない?」

 僕は耳を疑った。

「へ?」

「聞こえなかった? 今ここでプロポーズしてよ。女からするよりやっぱ男からして欲しいじゃん?」

 意味が分からなかった。プロポーズの強要なんてされたのは初めてだ。

「ちょっと落ち着いてよ! いきなりすぎて意味分かんないって」

「私は至って冷静だよ。のんちゃんがいつまで経っても言ってくれないからさ。そろそろ言ってくれないと私も他の男と一緒になっちゃうよ? それでもいいの?」

 愛衣の眼は真剣だった。冗談だとか悪ふざけで言っているわけではないと思う。

「分かったよ。じゃあ……」

「あ、ちょっと待って!」

 愛衣は僕を遮ると何処かへ電話を掛け始めた。

「あ、もしもし! 準備出来ました! はい! じゃあスピーカーにしますね」

 愛衣は誰かと話すとスマホをスピーカーにして家のベランダの上に置いた。

『もっしー! やぁやぁのんちゃん。お疲れ』

 スピーカーから聞き慣れた声が聞こえる。どうやらウチのバンドのヴォーカルらしい。

「お……疲れさまです」

 僕は完全に混乱していた。愛衣のプロポーズ強要、いきなりの京極さんからの電話。

 本格的に意味が分からない。

『ハハハハハハ! のんちゃんめっちゃ混乱してる。じゃあ、あいちゃんネタばらししてあげて』

「あのね……。実はずっと前からこうしようって決めてたんだ。ヘカテーさんにはこのことで相談しててね。私はね、子供の頃からずっとこのベランダでのんちゃんにプロポーズされるのが夢だったの! でも……。卒業しちゃったらもうないかもしんないじゃん。だから今日この日にプロポーズして欲しかった……」

「そうか……」

「それでね! ただの口約束にしたくなかったんだ。だから証人としてヘカテーさんに立ち会いお願いしたんだよ。どうかな? 私じゃ……。のんちゃんの相手として不足かな?」

 愛衣は小刻みに震えている。

 いきなりすぎる。僕だって段取りとか、シチュエーションはきちんと選びたい。

 でも……。案外悪くないかもしれない。

「分かったよ……。僕もね。いつかこんな日が来る気はしてたよ。正直もっと先だとばかり思っていたけど……」

 電話の先に居るはずの京極さんはずっと黙っていた。タバコの煙を吐き出す音以外は何も聞こえない。

 腹を括ろう。どうせいつかはやってくる未来が目の前に転がり込んできただけだ。

「愛衣。ずっと昔から好きでした。近すぎて気づかないフリしてきたけれど、君以外と一緒になるなんて想像も出来ないと思う。だから……。僕と結婚して下さい」

 僕は素直に思っていることだけ愛衣に伝えた。そこには打算だとか保身なんて感情はまったくない。

 ただ真っ直ぐに好きだからこれから一緒に居たい。それだけの思いだ。

 愛衣はしばらく黙りこんでいたけれどやがて小さな声で「はい」と肯いた――。

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