ピュアヒューリーズ34
川村さんの話はそこで終わった。それ以上もそれ以下もなく。
「三坂さんはきっと後悔してたんだと思う。佐藤くんのこと嫌いになったわけでもないし、むしろ好きなままだったろうからね」
「そうだったんですね。あの、その後三坂さんとはお会いになりました?」
「ううん。会ってないよ。テレビでたまに見かけるくらいかな? 月子ちゃんとだって今回の事件あるまで10年近く会ってないもん」
結局のところ、川村さんの話から得られた情報は三坂さんが佐藤さんを決して恨んではいないということだけだ。でもその情報があるだけでだいぶ進展した気がする。
少なくとも三坂さんにこの話をしても門前払いを食らったりはしないだろう。その確証は得られたと思う。
川村さんはそんな話をした後ものほほんと愛衣と展望デッキではしゃいでいた。42歳だというのに彼女はまるで少女のようだ。肌の質感や声のトーンがもう少し若ければ20代に見えるかもしれない。
僕ははしゃぐ2人を横目眺めていた。これからまたあのエレベーターに乗ると思うと気が重かった――。
川村さんと会ってから数日後。僕は意を決して三坂さんに連絡を取った。
『竹井くーん! この前はすまんかったなぁ。私も歳やのに酒に飲まれてもうたで』
電話口で三坂さんは申し訳なさそうに謝ってくれた。彼女の口調は柔らかく、この前より大人っぽく聞こえる。
「いえいえ、こちらこそご招待頂きありがとうございました。すっかりご馳走になっちゃって……」
『ええって! 若いもんは先輩にご馳走になるもんやで? ま、竹井くん素面やったし、あんま食っとらんようやったけど……。また飲みに行きたいなぁ』
三坂さんの言い方は京極さんのそれに近かった。関西弁でなければ完全にキャラが被っていると思う。
「あの……。三坂さん? もし良ければですが、近いうちご飯でもどうですか?」
『ん? ええよ! したらウラちゃんにも連絡しとくか?』
「いえ……。出来れば2人きりでお願いしたいのですが……。大丈夫ですか?」
電話口で三坂さんが沈黙する。僕もその沈黙に付き合って黙り込んだ。
『それはかまへんけど……。でもな……。私一応、既婚者やしな。ちょっと旦那さんに聞いてみるわ。そんで良かったらサシでもええよ』
言われるまで気にしていなかったが三坂さんには配偶者がいた。たしか10年くらい前に結婚したんだと思う。
こう言うと語弊があるけれど、僕自身は三坂さんを女性だと認識していなかった。歳だって僕の倍だし、よく考えてみれば自分の母親と同い年だ。
「すいません。結婚されてたんですもんね」
『いや……。別に問題ないねんけどな。ほら、どう考えたって竹井くんが私みたいなババア相手するわけないやん? でも一応、聞いとかんとな……。ウチの旦那、繁樹と2人で飯食いに行くのだって良くは思ってへんから』
三坂さんは面倒臭そうにそう言うと『また連絡するで』と言って電話を切った。
それにしても面倒事に首を突っ込んでいる。我ながらどうかしている。
本来、僕はインドアで他人とあまり関わりを持ちたくない人間なのだ。愛衣と数人の友人を除けば出かけることも少ないし、出来ることなら部屋で1人で読書したり音楽を聴いたりして過ごしたい。
いつからこんなに面倒事に首を突っ込むようになったのだろう?
そう自分に質問してみたけれど、答えは分かりきっていた。
原因はどう考えても京極裏月だ。彼女と関わってから世界が別物に変わってしまった気がする。
やれやれだ。でも……。
僕はこの世界が好きになりつつあった。たまらなく問題だらけな新しい場所が。
三坂さんから連絡があったのは、翌日のことだった。




