ピュアヒューリーズ33
川村栞の話の続き
三坂さんは空を見上げていた。大阪の夜景でくすんでいたけれど東の空に赤い月が浮かんでいる。
「川村さんは亨一とは知り合いなん?」
「うん。一回だけ会ったよ。痩せてて背が高い人だよね」
「せや、聞いとるかもしれんけどアイツこの前までウチのバンドやったんやで」
三坂さんはため息を吐くと首を横に振った。
その話は月子ちゃんから聞いていた。亨一くんはもともと『レイズ』のベースだったらしい。
「そうらしいね。私も詳しくは知らないけど色々あって月子ちゃんのバンドに加入したんだよね」
「うん。ほんまに色々あってな。まぁ、簡単に言うと私が月子ちゃんと勝負して負けたからなんやけどな」
それから彼女はことの顛末を教えてくれた。
月子ちゃんと三坂さんは『ニンヒア』のオーディションで直接対決をしたようだ。そしてその勝負で勝った方が亨一くんをバンドに迎えると決めていたらしい。
もっとも、亨一くんはもともと『レイズ』のメンバーだから実質、月子ちゃんが奪った形になってしまったようだけれど。
「ほんとはな。亨一もウチらのバンドに残るって言ってくれてたんやけどな……。でも勝負は勝負やって私が押し切って脱退してもらったんや。私も悔しかったし、亨一も嫌がってたけどな……。でも、さすがに負けた上に情け掛けられたくなかった」
「そうなんだね……」
「うん、でな! 繁樹とヒロ……。ウチのメンバーからは文句言われてな。特にヒロは亨一と付き合っとったからかなり取り乱して……。今思い返すとほんまにアホなことしたで。何も亨一を賭けの対象にせんでも良かったのにな」
三坂さんは本当に後悔しているようだった。部外者の私から口だしは出来ないけれど、おそらく月子ちゃんだって、他人のバンドのベーシストを引き抜くことに多少は抵抗が合ったとは思う。
それでも自分のバンドに亨一くんを迎え入れたのは三坂さんがそう判断したからなのだろう。
「三坂さんは亨一くんと今でも会うの?」
「うーん……。会うは会うけどな。形はどうあれ結果的に『レイズ』から亨一追い出したんは私やから。会っても微妙な感じやで。あーあ、ほんまに私はアホやな……。お陰で私がベースやる羽目になったし、ヒロにも本当のこと話せてへんもん」
「舞洲さんは亨一くんが抜けた理由知らないの?」
「一応は知っとるとは思うけどな……。でもそれでも最終的には亨一がウチらのバンドより『アフロディーテ』が良いと思って抜けたと思っとるかもな。ヒロからしたら理由はどうあれ亨一がいなくなったことには変わりないから」
彼女の言うことはとてもふわふわしていた。おそらくバンドメンバーとそこら辺の話がきちんと出来ていないのだろう。急な脱退すぎたのかもしれない。
おまけに彼らの地元は亨一くんの脱退から程なく震災に襲われていた。あえて三坂さんに聞きはしなかったけれど、彼女の母親も地震で亡くなったらしい。
「本当に色々大変だったね……」
「ほんまやで! 大変だったよー。でも、まぁ……。やるしかないからな。私がベース覚えて、繁樹とヒロまとめてどうにかやりくりするしかない。ありがたいことにウチらのバンドにはそれなりにファンも居てくれるしな」
三坂さんは力なく笑うと髪を掻き上げた。
『アフロディーテ』のライブでの彼女は腕組みをして黙って演奏を聴いていた。横目に見る彼女の顔には怒りとも悲しみともとれるような表情が窺えた。
きっと三坂さんは後悔の中心にいるのだろうと思った。彼女は後悔を引き釣りながら前に進むしかないと決めているのだろうと。
ライブが終わると彼女は「じゃあな川村さん」とだけ言ってすぐに立ち去っていった。
彼女の後ろ姿は妙に寂しく見えた――。




