ピュアヒューリーズ32
川村栞の話。
25年前。私は大阪市内のライブハウスを訪れていた。
大阪の梅田に行ったのはその日が初めてだった。大阪の空気は東京とも京都とも違う
「おー、栞! 来てくれたんやね」
「うん。他の人たちは中?」
「せやで! 初のライブやからめっちゃ緊張する」
月子ちゃんは大学の卒業式でするような袴姿だった。髪はうさぎのかんざしで束ねられていた。
「したら行ってくるで! 開演まで待っててな」
月子ちゃんは準備のためにライブハウスの中に入っていった。
さて、時間までどうしよう? ライブハウスの前は人だかりが出来ているし少し離れていたい。
梅田はネオンが灯り始め、街は夜の色に染まり始まる。
「あの……。もしかして川村さん?」
「はい?」
後ろには三坂さんが1人で立っていた。彼女はプーマのジャージ上下にナイキのスニーカーという田舎の高校生のような服装をしていた。目が悪くなったのか黒縁眼鏡を掛けている。
「ああ、やっぱりそうや! なんや『アフロディーテ』のライブか?」
「はい! あの……。三坂さんも?」
「せやで! あ、タメなんやから敬語使わんでええよ」
三坂さんと会ったのは1年ぶりだった。たしか最後に会ったのは『ニンヒア』のオーディションの後だと思う。久しぶりに見た彼女は痩せたように見えた。やつれたと言った方が正確かもしれない。
「う、うん。三坂さん1人?」
「せやせや、ウチのバンドのメンバーは来てへんよ」
三坂さんは私を見つけたのが余程嬉しかったのか大はしゃぎしている。
私と三坂さんの関係はかなり微妙なものだった。知り合い以上友達未満。そんな感じだ。
1年前、三坂さんは『ニンヒア』のオーディションで落選していた。月子ちゃんは信じられなかったようだけれど、事実、彼女は受からなかったのだ。
「なぁ川村さん? ライブ前に腹ごしらえせーへん? たこ焼きぐらいは奢るから」
「え!? いいよ! 自分で買うから……」
「ハハハ、もらえるもんはもらっとき! ここでおうたんも何かの縁やろ?」
そう言うと三坂さんはたこ焼きをご馳走してくれた。
「にしても月子ちゃんすごいなー。もうインディーズ初のライブやろ? ウチのバンドより早いもんな。ほっほっ! 熱いなしかし」
三坂さんはたこ焼きを頬ぼってから水を口に流し込んだ。
「本当だよね。月子ちゃん尊敬しちゃうよ」
「ほんまに! あーあ、私も早くデビューしたいなー。1年前は月子ちゃんに負けたけど次は勝つで!」
「うん。三坂さんのバンドも人気あるんだよね」
「うーん……。ボチボチな。神戸ではそれなりちゃうかな。すっかり『アフロディーテ』にはおいて行かれてるからそろそろ追いつかんとな」
やはり彼女は月子ちゃんを意識しているようだ。それから私たちは色々な話をした。彼女は私の小説の話も楽しそうに聞いてくれた。
「そっかそっか。川村さんも頑張っとるんやね」
「ちょっとずつだけどね。三坂さんも早くデビュー出来ると良いね」
「ああ、ほんまにな。私があと少しベース上手くなったらまたオーディション受けてみるわ」
そう話す彼女の顔には強がりも浮かんでいるようだった。
きっと彼女はストックなのだと思う。マゾヒズムと言っても良いくらいには。
彼女はそれから亨一くんの話を聞かせてくれた。




