ピュアヒューリーズ29
拘置所内はまるで免許センターのようだった。事務的に長椅子が置かれ、受付窓口は木肌の枠に硝子がはめ込まれている。
僕たちは受付に面会用の書類を提出すると待合室で待つことになった。
「鴨川さん会ってくれるかな?」
「さぁ? ま、直接面識あるわけじゃないから難しいかもね……。ここまで来て追い返されたらショックだけどさ」
愛衣は長椅子に座ると足をバタバタさせた。お行儀が悪い。
「もし会ってくれなかったらスカイツリーでも寄ってく? ほらあいちゃん前行きたがってたじゃん」
「え! いいの? じゃあ鴨川さん諦めて今から行こうよ!」
「いやいや……。それじゃ本末転倒だから……」
この調子じゃどちらにしても帰りスカイツリーに寄る羽目になるだろう……。
僕たちの順番が呼ばれたのはそれから20分ほどあとのことだ。
『108番の番号お持ちの方! 受付までお越し下さい』
受付のアナウンスは電子音声で僕たちの番号を呼んだ。
「はい、竹井さんですねー。ごめんなさい……。鴨川さん今とても会える状態じゃないみたいで……」
「そうですか……。わかりました」
やれやれだ。どうやらスカイツリーコースに今日は変更らしい。心なしか愛衣は嬉しそうにしている。
「残念だったねー。ま、当日いきなりじゃ難しいのかもね……」
「だね……。じゃあこのままスカイツリー行こうか?」
本来の目的とだいぶズレてしまった。けれど仕方がない。きっとこれも縁なのだろうと思う。
帰りがけ。僕たちは拘置所内を少しだけ見学した。愛衣は特に熱心だ。流石検察官希望だと思う。
「あの……。すいません。鴨川月子さんのご家族の方ですか?」
見学中、僕たちは40代前半くらいの女性に声を掛けられた。彼女は長い黒髪で、度の強そうな丸眼鏡を掛けている。
「はい? いえ……。ちょっと面識がある程度ですが」
僕は言いよどんだ。考えてみれば僕と鴨川月子には直接的な接点はない。全てにおいて間接的な関係だ。
彼女は「そうですか」とだけ言うと小さく肯く。
僕は彼女に既視感を覚えていた。どこかで会ったような気がする……。
僕より先に彼女の正体に気が付いたのは愛衣だった。
「もしかして……。川村栞さん……? ですか?」
愛衣は恐る恐る彼女に尋ねた。
「え、ええ。そうです」
「あー! やっぱり! あの、私小学校からずっとファンなんですー」
「……ありがとうございます」
僕も愛衣の反応を見てようやく彼女が誰なのか思い出した。
川村栞。僕の母が愛読している小説の原作者だ。
僕と彼女には僅かながら面識もあった。もう15年以上前の話だけれど……。
「あの! 僕竹井希望って言います! 昔、鴨川さんの紹介で母がサイン頂いたんですよ」
「竹井さん……。あ、思い出しました。たしか西浦さんの妹さんでしたね」
「そうです! その節はどうも……」
どうやら川村さんも鴨川月子の面会に来たらしい。僕たちと同じように門前払いされてしまったようだけれど。
僕はともかく愛衣は大興奮していた。愛衣も僕の母親と同じように川村栞の大ファンだった。もっともこれは母が愛衣に布教したのが原因だけれど。
予期せぬ再会に僕は戸惑っていた。
このまますんなりスカイツリー観光には行けそうにない――。




