ピュアヒューリーズ28
佐藤さんはそこまで話すと一息吐いた。気が付くと僕のコーヒーはすっかり冷めている。
「それでね。その勝負は月ちゃんの勝ちだったんだよ。君は身内だからあまり言いたくはないけど、西浦さんのひいきもあったんだとは思う。
「ひいき……? ですか」
「うん。単純に才能だけなら逢子だって月ちゃんに負けてはいないんだ。でも……。西浦さんはなぜか月ちゃんにのめり込んでたんだ。こればっかりは今でも謎だけどね」
大叔母はなぜ三坂逢子ではなく、鴨川月子を選んだのだろう?
僕個人の感想ではたしかに2人ともタイプは違うけれど才能があると思う。
「そうだったんですね……。それで佐藤さんは『レイズ』を抜けることになったんですね?」
「そうだね。結果的にそうなった。でも……。恥ずかしい話だけど、逢子と月ちゃんの間でどんな話し合いがあったのか俺は知らないんだ。オーディションの後、逢子に『私の負けやから亨一は月子ちゃんとこ行きな』って言われちゃったしね」
酷い話だ。いくら約束したからってあんまりだと思う。
「あの……。佐藤さん自身はそれで納得で出来たんですか?」
「納得か……。もう大昔の話だからよくは覚えていないけど……。たぶん当時は納得いかなかったと思うよ。逢子の態度も気に入らなかったし、月子ちゃんの言い分もだいぶ傲慢だったからね……。それに……」
「それに?」
「それにヒロのことがあったからさ」
佐藤さんはそれ以上何も語ろうとはしなかった。きっと思い出したくないのだろう。
それから僕たちは当たり障りのない話をした。当たり障りのない。何の生産性もない話を――。
数日後。僕は自分でも考えつかないような場所に向かっていた。
小菅にある巨大な建造物。田中角栄や堀江貴文がかつて寝泊まりした建物。
「のんちゃんって時々すごく無謀なことするよね?」
愛衣はプリッツを囓りながら呆れたようにそう言った。
「そうだね……。でも1度会っておきたくてね」
「ふーん……。ま、私も将来の社会勉強だからちょうど良いけどさ」
東武スカイツリーラインに乗るのなんて何年ぶりだろう? しばらくスカイツリーにも行っていない気がする。
「小菅かぁ。てか面会出来るの?」
「うん……。たぶんね」
確信はなかった。もしかしたら追い返されるかもしれない。
しかし、僕はどうしても彼女に会いたかった。会ってみないことには確かめようがない。
東京拘置所は小菅駅から歩いて10分くらいの場所だ。出来れば生涯この建物には関わりたくない。
僕はそんなことを思いながら愛衣と一緒に東京拘置所へ向かった。
会わなければ。僕が『バービナ』に入るきっかけを作った人、鴨川月子に。




