ピュアヒューリーズ27
佐藤亨一の話の続き。
「なぁ亨一? 最近、月子ちゃんとこ行き過ぎちゃう?」
逢子はアイスティーのストローをくるくる回しながら面倒くさそうに言った。
「そうだね。あの子たちのバンドにもベースが入ると良いんだけどさ」
「せやな。てか亨一に頼りすぎやと私は思うねんけど?」
「かもね……」
逢子は明らかに不機嫌だった。どうやら俺が月子のところに行くのが気に入らないらしい。
俺自身、月子には少し困っていた。悪気はないのだろうけれど、最近は勧誘が強引すぎる気がする。
「月子ちゃんの気持ちは分かるで? だって亨一クラスのベーシスト探すんは容易やないからな……。でも亨一はウチらのベースであの子らのベースやないんやで?」
「分かってるって……。ま、そのうち彼らにも新しいメンバー見つかるよ」
そうは言ったものの、それは難しいかもしれない。鴨川月子はそういう女なのだ。
1度言い出したら聞かない。残念なことに……。
事件が起こったのはそれから間もなくのことだ。
俺は逢子、繁樹とヴォーカルオーディションに参加するために新宿を訪れていた。
ヒロだけは家の都合で来れなかったけれど。
もし俺たちだけだったなら問題なかったと思う。しかし……。
「おー、逢子ちゃん久しぶり-」
月子は大きく手を振ると俺たちの方へやってきた。
「あ、月子ちゃん! なんや月子ちゃんもオーディション出るん?」
「せやね。あー、初オーディションやから緊張するなー」
どうやら月子もこのオーディションに出るらしい。月子の横には岸田くんと吉野くんの姿もあった。
「せっかくやし飯でも行かへん? オーディションあんの午後からやろ?」
月子はそう言うと満面の笑みを浮かべた。
「せやね。したら軽く食おうか?」
俺は嫌な予感がした。逢子は一つ返事で了解したけれど、明らかに機嫌が悪い。
逢子はあまり感情が顔に出ないタイプだった。
それでも今回は妙にピリピリしている様子が伝わってくる。
オーディション会場近くのファミレスに入ると俺たちは向かい合うように腰を下ろした。
お互いバンドのヴォーカルが中心に座る。
「月子ちゃんベース見つかりそうなん?」
先に口火を切ったのは逢子の方だった。
「いや……。見つからんねん。なかなか募集掛けても来んから参っとるね」
「そうか……。ま、気長に探したらええよ」
俺はそんな女2人の会話を黙って聞いていた。繁樹も関せずといった感じで、特に口を挟もうとはしない。
「……。にしても受かったらええな。今回のオーディションは西浦さんが審査委員長らしいで? 厳しそうやけど、受かったら速攻デビューや!」
「ほんまやね。あーあ、受かりたいなぁ。10代のうちにデビューするんがウチらの夢やからね。『レイズ』にとっては初めてのオーディションやからめっちゃ緊張する」
岸田くんと吉野くんも俺たちと同じだった。月子が話す横で黙ってアイスコーヒーを飲んでいる。
「ほんまに逢子ちゃんとこはえーなー。受かったらすぐにデビュー出来るんやもん! ウチは受かってもベースがおらんかな……」
「ハハハ、そこはウチが勝っとるね! 手前味噌やけど亨一以上のベースはまずおらんからな」
マウンティング……。なのだろう。逢子は普段溜まってた不満をぶちまけるようにそう言った。
俺は月子をフォローするつもりで「いやいや」と言いよどんだけれどもう遅かった。
月子は逢子の言い方が気に入らなかったらしく、怖い笑顔を浮かべる。
「そうな……。あーあ、ウチも亨一くらいのベース欲しいわぁ。てか亨一が欲しい!」
「ハハハ、亨一は物やないって! それに、ウチらのバンドやから亨一の腕が生きるんやで? 他のバンド行ってももったいないだけや」
最初こそ穏やかなマウンティングの取り合いだったのに、もう喧嘩になり始めていた。
「いやいや、ウチらだって負けてへんよ? 亨一にサポートしてもろてめっちゃ良い感じやし! むしろウチらの方が合ってるんちゃう?」
「何ゆうとるん? 亨一は月子ちゃんが困っとるから助けに行っとるだけやのに! こうゆーたら失礼やけど、ヴォーカルの腕だってウチのほうが月子ちゃんよりいい自信はあるからな!!」
逢子はすっかり感情的になっていた。こうなるともう止められない。
普段、穏やかな分、逢子はスイッチが入るとどうしようもないのだ。
「はぁ!? 何なんマジ? したらえーよ! オーディションで決着付けよ! で、もしウチが勝ったら亨一貰うからな!」
月子は急に俺を賭けの対象にした。本当に勘弁して貰いたい。
俺が「それはちょっと」と言いかけると、俺の言葉を遮るように逢子が「ああ、ええで! 望むところや」と啖呵を切ってしまった。
「ちょっと! 逢子も鴨川さんも落ち着いて! 俺は『レイズ』のメンバーなんだからさ」
「いーや! ここまで言われて私も黙ってられんよ! それに私が負けるわけないんやから今までと何も変わらんて!」
やれやれだ。逢子が感情にまかせて余計なことを決めてしまった。
こうして俺は逢子と月子の賭けの対象になった。
これだから女は面倒くさい……。そう思った。




