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ピュアヒューリーズ25

 京極さんたちは先に帰ってもらった。幸い高木さんが送ってくれるらしい。

「コーヒーぐらい奢るよ!」

「はい、ありがとうございます」

 佐藤さんの口調は相変わらず柔らかかった。

 彼はとても落ち着いていて、その雰囲気は高木さんのそれに近い気がする。

 桜は満開でおそらく明日には見頃が過ぎてしまうだろう。

 花吹雪は舞い上がり、アスファルトの上を転がっていった。

 たしか『バービナ』の事件があったのはこのぐらいの時期だったはずだ。

 気が付けば1年経過している。

 僕と佐藤さんはその足で近場の喫茶店に向かった。古風な喫茶店で大叔母行きつけの店に似ている。

 喫茶店に入るとコーヒーの香ばしい香りがした。どことなくバナナのような匂いもする。

「ヒロは元気だったかい?」

「ええ、とてもお元気そうでしたよ。あの人、運転上手いですよね」

 そんな他愛のない会話をしながら僕たちは喫茶店のソファに腰を下ろす。

「そうか……。なんか意外だよ。竹井くんがヒロと仲いいとは思わなかった」

 仲が良い……。だろうか?

 僕は彼女を尊敬こそしているが、仲が良いかと言えば微妙な気がする。

 しかし僕は「ええ、まあ」と言葉を濁した。否定しても仕方がない。

 佐藤さんは言葉を探すようにうなじをボリボリ掻く。

「ほら……。あの子変わってるからさ。逢子や繁樹以外と仲いいとこ見たことないんだよ。まさかウラちゃんとこのドラムの子と仲良くしてるとはね……」

「たまたま飲み会で良くして貰ったんですよ。あの、失礼ですが……。舞洲さんと佐藤さんの関係って……?」

 僕はわざわざ知っていることを彼に尋ねた。流石にワンクッションは欲しい。

「ああ、俺は昔『レイズ』でベースやってたんだ。紆余曲折あって『アフロディーテ』に移籍したけどね……。それで逢子や繁樹、ヒロとは旧知の仲なのさ」

「そう……。だったんですね。三坂さんとは最近お会いになりました?」

「逢子とは……。1年くらい前に会ったのが最後かな? 月ちゃんの件でバタバタしてるときにちょっとね」

 余計なことを言わない男だ。僕はそう思った。

 必要以上に情報をベラベラ話さないのは好感を持てる。

「三坂さん素敵な女性ですよね。明るくて楽しい人だと思います」

 僕も同じように余計なことは言わなかった。

 言い得て妙だけれど、僕たちは互いの腹を探り合っていた。

 狐と狸の化かし合いのような気分だ。

「竹井くんから僕に何か聞きたいことあるかい? ああ、遠慮はいらないよ。何でも聞いて貰ってかまわないからさ」

 佐藤さんは口元を意識的に緩めた。あくまで意識的に。

「あの、舞洲さんと佐藤さんって……。その、なんというか……。昔、お付き合いしてたんですよね?」

 僕は意を決して彼に尋ねた。意を決した割に歯切れが悪いけれど。

 僕の質問に佐藤さんは小さなため息を吐いた。

「そうだね……。そんな時期もあったよ。あの頃の俺たちはまだ幼かったから恋愛って言って良いかは微妙だけれど。ヒロとはそんな関係だった」

「そうですか……。佐藤さんは舞洲さんと最近会いましたか?」

「いや……。逢子以上に会ってないね。逢子と繁樹は月ちゃんの事件のときにちょこっと会ったけど、ヒロはいなかったからね。そうだな……。ヒロに最後に会ったのは3年くらい前かな? たしか地方でのフェスの会場で会ったのが最後だったと思う」

 佐藤さんは嘘は付いていない。しかし本当のことを何一つ話していないように感じた。

 彼の本心の部分がまったく分からなかった。

 意図的に隠しているのか、それとも無意識なのかは分からないけれど。

 それから彼は『アフロディーテ』に加入した経緯を丁寧に教えてくれた。

 佐藤さん曰く、鴨川月子は半ば強引に彼を『レイズ』から引き抜いたらしい。

 そして、それから佐藤さんと『レイズ』の関係は最悪だったとか。

「あれに関しては俺が全面的に悪かったんだ。まぁ、一応は逢子とも話し合いしたし、円満に脱退って体裁にはなってるけどさ……」

 佐藤さんはばつが悪そうにうなじを掻いた。

「バンドやってると色々ありますもんね……」

「そうだね。本当に色々あるよ。逢子も繁樹も俺が抜けるのを止めてくれたんだ。今思うと本当に酷いことしたと思う……。まぁ、あの2人に関してはある程度理解してくれたんだけどね。ヒロだけはそうもいかなかったかな……」

 ヒロだけは……。その部分だけ妙にリアルな響きが込められていた。

「ええ、舞洲さんとは酷い別れ方したんですもんね……」

「ハハハ、そうだね。酷い別れ方だったかもね。後にも先にも水をぶっかけた女はあの子だけだしね。でも……。ヒロのあの純粋なところが俺はすごく好きだったな……」

 その瞬間。僕は佐藤さんの本心を少しだけ見た気がした。

 この人の心の奥底にある何かを見た気がした。

「あの……。佐藤さん?」

 僕はまたお節介な言葉を吐こうとしていた。

 本当に悪い癖だ。

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