ピュアヒューリーズ24
お花見は健全に行われた。酒がないのはありがたい。
吉野さんは最初こそぼやいていたけれど、最後の方は上機嫌だった。
「竹井くんの演奏ええな! きちんと教科書どおりやし、なかなか上手いで!」
「ありがとうございます。吉野さんにそう言って頂けるとすごく嬉しいです」
吉野さんのその言葉は実際すごく嬉しかった。
「いや、ほんま。いつか俺も竹井くんに抜かれるかもしれん。こら、うかうか酒飲んでる場合ちゃうで」
彼は素面には見えなかった。巨漢で人懐っこい笑顔のせいかもしれない。
佐藤さんと岸田さんも自分と同パートのメンバーと世間話をしていた。
特に高木さんは佐藤さんを尊敬しているようで、熱心に話を聞いている。
「んまに大したもんやで。竹井くんやったらそのうち、俺どころか『舞洲ヒロ』さえ追い抜くかもしれんで」
吉野さんはウーロン茶を飲み干す。
「あれ? 舞洲さんのことご存じなんですか?」
自分で聞いてみて馬鹿だと思った。知らないはずがない。
「ああ、よう知っとるで! けったいな女やからな。飲む・打つ・買うのうち2つもやりこんどる女やし、無愛想やからな。でも……。ドラムの腕だけはたしかや! 俺がドラムで負けるんはあの女だけやと思っとる」
吉野さんは「ダハハハ」と下品な笑い声を上げならそう言った。
おそらく彼は『舞洲ヒロ』を尊敬しているのだろう。同時に嫉妬も。
僕自身、彼女のドラムの腕はかなり尊敬していた。尊敬……。いや、正確には畏怖だ。
僕は舞洲さんのドラムへの執念が怖かった。
技術どうこうではない。彼女のドラマーとしての姿勢に対しての畏怖。
「実は舞洲さんと先日。一緒にドライブしたんですよ。彼女いい人でしたよ? ちょっと変わってますが優しいですし、面白い方だと思いました」
吉野さんは鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をした。
「ほえぇ。なんや竹井くんすごいな。あの偏屈女とよくドライブなんか行ったで! 俺は絶対2人きりになんかなりたくないな。あそこのヴォーカルとは仲ええんやけど、ドラムとはどうも合わんねん」
あそこのヴォーカル。『レイズ』の三坂逢子のことだ。
たしかに三坂さんと吉野さんは性格的に近いかもしれない。
「相性……。なんでしょうね。僕は舞洲さんとたまたま相性が良かったんだと思います。確かに彼女個性的だから合う合わないはあると思うので……」
「そうか……。まぁええんちゃう? あの女はほんまにキチドラマーやけど、見本にするならあれ以上の女はおらん! せっかくやから技術盗んだらええで!」
吉野さんは僕の肩を思い切り叩くとまた大笑いした――。
お花見は無事終了した。みんなで後片付けをする。
最初こそ、申し訳なさそうにしていた岸田さんもすっかり打ち解けていた。
「ウラちゃん、今日はほんまにありがとな。俺にまで気使わして申し訳ない……」
「あーもー! 健次さんしんみりモードになんないでくださいよ! これからはお互い気にしないって決めたでしょ!」
どうやら京極さんは岸田さんとのわだかまりが解けつつあるようだ。
今回は七星くんも熱心に岸田さんの話を聞いていた。
いつもなら僕にちょっかいを出してくるはずなのに今日は一切ない。
ようやく自覚が出てきたか……。と少しだけ、ホッとした。
レジャーシートも畳み終わった。
「今日はお忙しい中ありがとうございました! 夏にはバーベキューでもしましょうね!「せやな。ほんまに楽しかったで! したら帰るか……」
僕たちは駅までの道を並んで歩いた。相変わらず七星くんは岸田さんの話に夢中だ。
「ねぇ竹井くん? ちょっとだけいいかな?」
「はい?」
僕は佐藤さんに声を掛けられて振り返る。
「あの……。ヒロ……。舞洲さんに会ったって本当かい?」
「はい! 1週間ぐらい前に鎌倉まで連れて行ってもらいました」
「そうか……」
佐藤さんはそれだけ言ってそれ以上追求しようとはしない。
「あの? 佐藤さん今から時間空いてますか?」
「え? ああ……。空いてるけど」
「もし宜しければちょっとお話しませんか? 舞洲さんのことでお話が」
本当に悪い癖だ。面倒事にすぐに首を突っ込みたくなる。
僕の誘いに彼は1つ返事で応じてくれた。
さて……。どうしたものか。




