ピュアヒューリーズ23
彼はあまりにも不健康そうに見えた。
伸びきった髪に手入れを怠ったことが分かるような無精髭。
服装だけは小綺麗だったけれど、逆にそれがミスマッチに思える。
「おー! 亨一さん早いっすね」
京極さんはレジャーシートから立ち上がるとブーツに足をねじ込んだ。
「やぁ。ウラちゃん久しぶりだね」
彼の口調は穏やかだった。穏やかすぎるくらい。
「ほんとっすね。亨一さん少し痩せました?」
「うん。ダイエット中だよ。この頃はランニングとかもしてるんだ」
ダイエット中? そんな風には見えない。
「そうっすか。あ、紹介しますね。この子がウチの新人の竹井です」
彼女は僕を差し出すように佐藤さんの前に突き出した。
「初めまして。『バービナ』でドラムさせて貰っている竹井です。佐藤さんのお話は伺っています」
僕は定型文のような自己紹介をした。佐藤さんは「よろしくね」と微笑む。
京極さんは嬉しそうに佐藤さんと談笑していた。
今どうしてる? とか。
他のみんなは? とか。そんな話。
「改めてごめんね。月ちゃんの件は申し訳なかった」
「いいんすよ! 亨一さんは悪くないですって! それに……。月子さんのことだって恨んではいないんです。彼女の現状考えるとむしろ可愛そうなくらいだし……。あの……。月子さんは今?」
それから佐藤さんは鴨川月子の現状を教えてくれた。
民事裁判で鴨川月子は巨額の賠償を支払った。
これに関しては被害者の松田さんのことを考えると妥当だと思う。
それから彼女は刑事裁判……。に行く予定だ。判決がどうでるかはまだ分からない。
彼女の精神鑑定の結果次第では、無罪で精神病院に収容されて終わりだろう。
鴨川月子の精神状況はかなり酷いらしい。
佐藤さんの話では岸田さんや彼女の旧友に対して世迷い言を言って暴れたとか。
「そうだったんですね……。あーあ、なんか切ないっすね。数年間一緒にやってきた人が鉄格子の向こう側とか」
「まぁ……。仕方ないよ。月ちゃんがやったことは到底許されることじゃないからね。個人的にはちょっと可愛そうではあるけど、因果応報ってやつだとは思う。僕としては健次くんの方が心配かな? ほら、あの2人って幼なじみでずっと一緒だったからさ」
岸田健次。旧『アフロディーテ』のギタリストだ。
僕の知る限り、彼もかなり上位にランクインするミュージシャンだ。
「健次さん心配っすね……。私も1年以上会ってないんすよね。最後に会った時も土下座されて居たたまれなかったです……」
「ああ、そうだったね。健次くんは義理堅いからすごく考えちゃうんだよ。本当に散々だ……」
佐藤さんはくたびれたように苦笑いを浮かべた。本当にくたびれている。
僕たちの重たい会話を知らぬように桜は咲き乱れていた。
風が枝を揺らすたび花びらが降り注ぐ。
「本当にウチらはもう気にしてませんからね! 月子さんだって法的に償ってますし、亨一さんも健次さんも充さんも悪くないです!」
「ありがとう。そう言って貰えると救われるよ」
佐藤さんは言葉とは裏腹に苦い顔をした。
許されるとは思っていないのだろう。彼らの中では――。
しばらくすると、『バービナ』。旧『アフロディーテ』のメンバーがやってきた。
高木さんと七星くんはいつもどおりだ。お馴染みのイツメン。
問題は岸田さんだった……。
「あわわわわ、健次さんそんなとこで土下座しないで!」
「ウラちゃんほんまに申し訳ない。俺はウラちゃんには顔見せられん!」
岸田さんは地面に頭を擦りつけながら京極さんに土下座した。
「本当に大丈夫ですから! 私元気だし、大志だってリハビリのお陰で経過良好なんですよ? だから頭上げて! ねっ?」
京極さんと高木さんは必死に岸田さんを宥める。
「でもな……」
「健次くん。そんなに頭下げられたら逆に迷惑だよ……。今日はせっかくウラちゃんがお花見企画してくれたんだからさ」
佐藤さんが助け船を出してくれた。どうにかこうにかその場を収まる。
やれやれだ。いつものことだけれどゴタゴタしている。
しかし、旧『アフロディーテ』のメンバーの人柄の良さは分かる気がした。
佐藤さんだって岸田さんだって吉野さんだってみんないい人たちなのだ。
こうして僕たちの花見お茶会は始まった。
無事終わることを僕は願った――。




