むらさきのともだち
少名毘古那です!
なんとこの馬鹿虫、9月が31日まであると信じて疑わず、10月1日に完結するという信じられないことしでかしました。
本当に皆様にはご迷惑おかけしました……。
心のひろーーーいリーダー様が掲載していいよと言ってくださったので掲載します。ありがとう!愛してるよ!!
最後になりましたが、読んで下さるあなたに最高の謝辞を。
息を切らせながら、少女は中庭を突っ切って部室を目指す。
人気が急に途絶えるそこは、今はもう使われなくなった陸上部の部室。
新しく作られたのをきっかけに、全く使用されなくなった。
昼休み、彼女は毎日そこに行く。
お弁当を抱えて、時には終わらなかった午後の授業の課題も持って。
がちゃりとアルミ製の扉を開いて、誇りっぽい部屋の空気を吸いながら声を出した。
「遅くなってごめんね!涼子!」
「もう、遅いよ〜」
全然怒ってなさそうな様子に少女はホッとして、中に入った。
誇りっぽい廃部室の中で過ごすこの時間が、少女にとって一日の中で一番やすらげる時間だった。
喧騒の中の教室より、大好きな友達とふたりきりで昼休みにお弁当をつつく時間を取ったのだ。
「古典の居村ってオカルトオタクでホント面白いよ!今度話してみなよ〜」
「寧々は担当居村先生なんだ…古典の先生違うからわからないんだよね……オカルトオタクって、ふふ、噂じゃないの?」
耳障りのいい、ゆったりとした声で返してくれる。
どんなにつまらない自分の話でも嬉しそうに聞いてくれるから、少女は彼女が大好きだった。
「いやいや、あの人すごいんだって!今日質問しに行ったらオーラ見てくれたの」
「オーラ?なにそれ!」
「暗闇で手をかざしたら色でわかるんだってさ〜」
「わ〜……いかにもってかんじだね。寧々は何色だったの?」
「何色だと思う?」
質問に質問で返せば、彼女は少し悩んで。
「オレンジ……かな。明るいから」
「ぶぶー!正解はね、むらさきでした!」
両手でバツを作れば、意外そうに目を丸くした。
「えー全然イメージない」
「でしょ、私もキャラじゃないなって思った!」
少女──寧々は明るい性格だ。
いつでも場を盛り上げるが、その本心は安らぎやリラックスしたら空間を求めていた。
だからこそ、彼女のおっとりとした雰囲気のこもった部室が心地よかった。
紫は、彼女の色な気がしてきた。
下品な紫ではなく、優しい藤色なんかが似合いそうだ。
「紫ってどういうオーラなの?」
「んーとね、動物的直感に長けてるらしい」
「あ、急に寧々っぽい」
「私動物じゃないもーん」
動物的直感、たしかに天真爛漫を心がけている自分にはあってるようにも思えたが。
どこか自分の思ってる自分と違う気がして、寧々は診断結果に首をひねっていた。
「動物的直感ってなんだろ……お腹空いたとかかな?」
彼女もやはり腑に落ちないのか、首をひねりながら聞いてくる。
「それは本能じゃない?えーと、なんだっけ、感覚が澄んでるんだって。霊感とか強いらしい!」
「へー……ドジなのに?」
「居村の言うことは信じちゃいかんな」
彼女にまでそういわれたのだ、やっぱり合ってないのだろう。
あてにするのをやめて、今度は彼女に話題をうつした。
「涼子もみてもらえば?」
「え〜わたしはいいよ、なんか信用ならないし」
ふるふると首を振ってしまう。
同じ話題で盛り上がりたかったのと、単に知りたかった寧々は口をすぼめた。
「まあまあ……いい結果だったら嬉しくない?石油王と結婚できますーとか」
「そんなのオーラでわかるのかな〜……わたしはいいよ、興味無いし」
「えー…」
実は、寧々は、とうに居村先生に彼女のオーラを聞いていた。
“演劇科の古谷さんのオーラってわかります?”
“あ〜演劇科かぁ〜私受け持ってないからわかんないんだよね。どうしても知りたかったら連れてくるか写真持ってきて”
学科が違うといる棟もちがう。
普通科の生徒が演劇科の彼女とすれ違うことなんて、めったになかった。
先生なら受け持ってないのであればなおさらだろう。
「涼子」
「ん?なあに?」
お弁当を食べていた彼女を呼べば、顔を上げてこちらを見つめてくれた。
その隙にさっと携帯を構えて写真を撮る。
カシャリと響いたシャッター音に、彼女は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと、寧々撮ったでしょ!ブサイクだから消してよー!」
「えへへへ〜涼子ゲット〜!」
慌てる彼女は必死で携帯を取ろうとするが、ひらひらと交わす。
液晶の中には顔を上げた拍子の、柔らかくこちらを見つめている彼女。
ああ、やっぱり藤色だろうか。
それとも柔らかな光のような青とかだろうか。
画面に彼女がいるのがなんとなく嬉しくて、診断結果が楽しみに思えた。
□■
嬉しそうに携帯を眺める彼女に、少女は胸を痛めた。
泣き叫びたくなる気持ちをこらえて、必死に笑む。
「私さ〜涼子は青だと思うんだ!」
無邪気に笑う彼女に、そうかなと小さな声で返す。
「そうだよ、涼子は暖かな青だよ!」
なにそれ、と笑いながら、自分の手のひらを眺めた。
携帯を取れなかった。
奪い取ることが出来なかった。
(……ああ、時間切れかな)
写真を撮られたことは衝撃だったが、多分彼女にしか見えないだろう。
「涼子は優しいし、ほんわかしてるし……オーラもそうなんだろうなぁ」
「ふふ、ありがとう」
彼女といると、笑みしかでてこないのだ。
少女は彼女といて、初めて人というものを愛せた。
次から次へと話題をコロコロ持ってきて、へえそうなの、わあすごいと感心していると嬉しそうに頬を上気させる。
少女は彼女に感謝していた。
ずっと、永遠に1人だった彼女のもとに、毎日お弁当を持って通ってきてくれるようになった。
救われたのである。
16年間生きていたが、こんなに楽しかった日々はない。
この1ヶ月を得れたのは、16年分の幸せよりも大きな幸せだった。
「私、寧々が大好きよ」
「えー照れる〜!でもね、私も大好き。こんなに楽しいお昼ご飯が食べれるのも涼子のおかげだよ、ありがとう」
無邪気に笑いかけてくる彼女に、ちくりと胸が痛む。
ごめんね、ごめんねと謝って、涙を見せないように下を向く。
もうこれで最後、時間切れ。
少女は必死に笑顔を繕って、彼女にプレゼントする。
「ありがとう、幸せだったよ」
■□
次の日、少女は必死の形相で部室に駆け込んだ。
「涼子!涼子!!」
彼女の名前を叫ぶように呼ぶが、一向に現れる気配がない。
握りしめた携帯には、昨日の写真。
写っているのは部室のみ。
確かに、確かにいた。
彼女の柔らかい笑みがかわいくて、明日これを先生に見せてオーラを見てもらおうと思ったのだ。
なのに、綺麗さっぱり彼女は消えていた。
まるではじめから存在しなかったように。
全てを察した少女は泣きわめく。
叫んで、ただ彼女を呼ぶ。
生きていなくなんていいから、またお昼ご飯を食べたいの──。