#1
浅井雄一は、疲れていた。会社の別部門が起こしたトラブルの対応をなぜか雄一のチームがフォローしていたためである。
客に怒鳴れれながら雄一は数年前に死んだ犬のことを思い浮かべ苦渋の表情をし、時間が過ぎるのを待っていた。
「ふぅ、お疲れさん。」
声をかけてきたのは同行していた上司である。そしてその後に信じられない言葉をかけてきた。
「問題起こした分門だが、「私たちを当てにしてもらっては困ります。」とか言っていたぞ。」
それを聞いた瞬間、雄一の心がざわめいた。
「えっ、問題起こしたのあっちですよね?なぜそんなことを?」
「どうやら向こうさんこちらのチームを便利な道具扱いしてるようだ。」
上司は、笑いながら言っていた。笑っているのだが、雄一にはどうもな獣が牙をむいているようにしか見えない。
そんな上司を頼もしく思いながら、別部門の存続を少し心配した雄一であった。
浅井雄一 専門学校を卒業後そのまま中小企業に就職し順風とはいかないまでもそれなりに仕事を覚えつつがなく日々を過ごしている。
趣味はゲームで、ロボットのパーツを自分好みに組みながらミッションを攻略するゲームが気に入っている。
頼もしい上司、楽しい同僚、少しきついと感じこともあるが充実した仕事、これで可愛い彼女がいれば、自分の人生はいいものだと思えるのだが・・・
そんな事を考えながら夕食をとっていたとき異変を感じた。頭が少し痛い、吐き気がする。雄一は、何か悪いものでも食べたのだろうかと夕食を見るが特に悪そうなものがない。
昼の疲れが出たのかもしれないと夕食を少し残し、寝てしまった。これが分岐点とも知らずに。もしここで病院にでも行っていればあんなことにはならなかったのにである。
その日の夜、浅井雄一は死亡した。若くしての脳梗塞だった。
・・・
「・・・ヴェニー、ヴェニー」
とても近くで自分を呼ぶ声に我に返り、名前を呼ばれたほうを見てみる。
「ヴェニーどうしたんだボーっとして」
10歳ほどの少年がこちらを見下ろしながら心配そうにこちらを見ている。自分の手を見て軽い衝撃を受けた。
手には積木が握られていたが、それが問題ではない、手が小さいのである。積木をいっぱいいっぱいの状態で握りこんでいる手はぷにぷにとした感じで子供の手だったのだ。
しかし、衝撃は受けたものの驚きがそれほどない。自分の名前もヴェニーであることを受け入ている。そして、父、母の顔も思い浮かぶ。
その顔は日本人ではありえなかった。茶髪碧眼でちょい悪オヤジ風なマッチョな父と金髪茶目で優しそうな笑顔のぽっちゃりだが美人な母の顔が思い浮かぶ。
「何でもないよ、ジョージ兄さん」
自分は知らない間に死亡し、転生したのだろうか返事をしながら考える。生前、ネット小説でよくそういう設定のものを読んでいた。
ということはこの世界で改革とかして、あんなことやこんなことができるのだろうかと考えたが、部屋の様子を見ると以外にも文化レベルが高そうだった。
証明は天井の電球のようなものがついていたし、ないより自分が遊んでいたおもちゃの中に車のようなものが混じっているのだ。これは、外国にでも転生したのだろうか。
そうなると、あまり自分の知識は役に立たないかもしれない。もとより、自然に放り出されてどうにかなるような知識を持っているわけではないが・・・。
そんなことを考えながら積木をにぎにぎしているとさらに声をかけられた。
「もしかして、疲れたのか。無理はよくないぞ。」
ジョージ兄さんが声をかけてくる。確か今年で9歳だったはず。9歳の割には身長も大きく腕白そうだが、こうしておままごとに付き合ってくれるということは結構優しい兄さんなのかもしれない。
「俺はもう少ししたら剣の稽古があるから起きてるけど、ヴェニーはまだ3歳なんだから寝てろよな」
3歳だから寝ていろというよくわからないことを言いながらジョージは、おもちゃをかたずけ始めた。かたずけと言っても部屋の端に寄せただけだが。
そして、毛布を広げ寝ろという仕草をした。特に反抗する理由もないので言われた通り毛布にくるまり寝る準備をした。
以外にも眠かったのかあっさりと眠気が襲ってきた。そのときジョージは天井に向かって「消えろ」とつぶやいた。
そうすると天井の電球が自動的に消え部屋には、カーテン越しの柔らかな光が揺蕩うように入ってきた。
もしかして、ここの文化はかなり進んでいるんだろうかと思いながらヴェニーは、眠りに落ちていったがギリギリで踏みとどまった。
先ほどのジョージの発言に看過できないものが含まれていたからだ。
「剣の稽古って何、兄さん」
「何って剣の稽古だよ。魔獣とかが出ても退治できるようになるんだ。」
今度こそ衝撃を受けた。なんだ魔獣って、銃はないのか?剣じゃないといけないんだろうか?
などと疑問に思っている間に、ジョージは、お休みと言って部屋を出て行った。
衝撃を受けて覚醒したものの、しばらく考えていると眠気が襲ってきた。
そのまま落ちるようにヴェニーは眠りについた。
「剣って何・・・魔獣って・・・」
眠る前の最後の言葉である。
ふと目が覚めるとやはり遊んでいた部屋であり、夢ではなかったのかとヴェニーは、残念に思いながらどこかほっとした気持ちでいた。
部屋がうす暗いので電気をつけようと天井に向かって「つけ」と言ってみたが、反応がない。
つけ、がいけないのだろうか。
「電気をつけて」
「明かりつけ」
「我に光を・・」
などいろいろ試したが一向に明かりがともる様子がない。
最終的に「電気つけ・・電気付け・・」とブツブツ言っていると扉が開かれた。
そこにはメイドさんが立っていた。もちろんメイド喫茶にいるようなものではなく、ロングスカートの野暮ったい感じのメイドさんである。
「坊ちゃまどうされたのですか?」
こちらを坊ちゃまと呼び声をかけてきたのでこれ幸いに明かりの付け方を聞いた。
「電気をつけたいのだけどどうすればいいの?」
「電気?ですか・・・明かりの付け方は坊ちゃまにはまだ早いかと。」
電気を知らない?変だな、天井に明かりがあるのに・・・あぁ、そうかここは外国だ。電気をつけたい、とか言っても通じないのかもしれない。
ん?坊ちゃまにはまだ早いってどう言うことだ。
「まだ早いってどういうこと?」
「明かりをつけるには、魔力を込めた言葉を魔力灯にぶつける必要があります。坊ちゃまはまだ、魔力の扱いを習っていませんので、魔力灯はつけられないと思います。」
さらに衝撃が走った。魔力とは、もしかして日本だけ魔力がない生活をしていたとかじゃなければここは別世界かもしれない。外国と思っていたが外れたか。
そんなことを聞きながら、これでも自分はサブカルチャーあふれる日本出身である、早速、魔力、魔法を極めようと思い。
「僕にも魔力の使い方を教えて。」
と言ってみた。
「まだ、体も心もできていない状態で魔力を扱うのは危険でございます。後2年もすれば少しずつ教わることになりますよ。」
メイドさんは微笑みながら返してきた。
メイドさんからは断固として教えないとの意思が伝わってき、さらに2年後からは使えるとのことだったのでおとなしく待つことにする。
「それよりも坊ちゃま、夕ご飯の準備ができましたのでダイニングルームに行きましょう。」
メイドさんに連れられダイニングルームについた。
「旦那様、奥様、ヴェニー坊ちゃまをお連れしました。」
ダイニングルームに着いたら、父とジョージ兄さんが話をしていた。
「おお、ヴェニー来たか。ジョージ、では今度の休みは私と剣の稽古をしような。それでは食事をしよう。」
そして、簡単に祈りをささげた後所持が始まった。自分の分は自分で食べれると思ったが、メイドさんが横につき食事を口まで運んでくれる。自分でとるという意思を表示するため匙を握ってみると、シチューを取りやすいところにおいてくれた。シチューを掬ってみようと頑張ったが、3歳の腕の短さ、握力のなさに断念、テーブルクロスを汚す前に降参した。メイドさんは微笑みながら食事を口に運ぶ作業を再開した。
そして、食事が終わり食後のお茶を飲んでいるとき、子供たちはジュースだが、父が話をし始めた。
「ジョージは、次の休み剣の稽古をするとして、リカードは何かないか。」
リカードと呼ばれた金髪碧眼の貴公子然とした6歳の少年は
「算数の書物がほしいです。父様」
とあろうことか勉強の本を欲しいと言い出していた。見た目良いのに頭もいいとか、どこの完璧超人だ。
「いいぞ、算数の歴史とかがあったな。」
「いえ、歴史はちょっと・・・」
歴史は苦手らしい。その気持ちわかります、リカード兄さん。
「はっはっは、冗談だ、算数の入門書で面白いものがあったな。絵と図をつかって楽しく読めるものがあったからそれでどうだ。」
「はい、そういう本がほしかったのです。」
リカード兄さん楽しそうだが、そこに母が口をはさんだ。
「リカード、勉強もいいけれど、弟の面倒も見てあげてね。今日もジョージが相手をしてあげていたでしょう。」
「うっ、でも小さい子供とどうすればいいのかわからないです。」
「ふふ、ジョージもあなたの時、同じことを言っていたわね。一緒にいれば慣れるものよ。」
「そうだぞ、俺もお前の時どうしたらいいかわからなかったけど、どうにかなったぞ。」
ジョージ兄さんの面倒見の良さはリカード兄さんで鍛えられていたのか。
「わかりました。もっと一緒にいるようにします。よろしくなヴェニー。」
「あい」
その後も家族で話をし、子供たちはそれぞれ寝室で寝かしつけられた。
昼間寝たからあまり眠くならない。一つ自分の身の回りのことを整理してみる。
ヴェニー・イースディル 自分、浅井雄一が転生したと思われる人物である。金髪茶目。父と母、上にジョージ兄さんともう一人、リカード兄さんがいる。たぶん3人兄弟だと思う。メイドさんがいるということはそれなりに裕福な家庭に生まれたのだろう。
父の名前は、ガストン・イースディル 茶髪碧眼。平日は家にいないが、休日は家に帰っておりニコニコと母と子供たちを眺めるのが趣味みたいだ。ちなみにものすごくがたいがいい。
何か体を使う仕事についているのかもしれない。
母の名前は、オリーヴ 金髪茶目。ぽっちゃりだが美人と思える造形をしている。優しいが、いたずらをしたジョージ兄さんとリカード兄さんを1時間半にわたって説教しているのを見たことがある。
決して怒らせてはいけない人かもしれない。
ジョージ兄さんは、腕白小僧といった感じで茶髪茶目。9歳で走り回りたいだろう衝動を剣の稽古などに費やしているのだと思う。ちなみにすごく優しくおままごとにも付き合ってくれるできた兄さんである。
リカード兄さんは、金髪碧眼で6歳。両親の良いとこどりをしたような容貌をしており、これから数多くの女性を泣かせるのではないかと言われている。まだ、ぎこちないが自分を大切に思ってくれていることが伝わってくる。
そんなことを考えていると眠気が襲ってきた。あと2年度魔法が使えるようになる。ちょっとした高揚感とともに眠りにつくのであった。