Comfortable hole bye
どこだろう。
僕は使い方の分からない四肢を必死に動かして宙を切る。
白い眩しい光が僕を照らしていた。分かったことはそれだけだった。
二番目に古い記憶は一番目とは随分と離れていた。それは温かい感触だった。
そこは温かくて優しかった。気づけば僕は頭を撫でられていた。
その手を僕は忘れることはない。
そこから記憶は安定して残り始める。
毎日を繰り返し一緒に生きた。大好きな貴方が大きくなっていくことが分かった。
そんな貴方も僕に
「大きくなったね」
とそう言って笑った。
貴方が帰ってくるときは、勘で分かった。間違えることは殆どなかった気がする。
玄関で貴方をお出迎えした。そんな僕を貴方は抱え上げる。
抱っこは怖くなかった。貴方が話してくれたことを信じるなら、僕は珍しいタイプらしい。
でも僕は抱っこが好きだった。愛されているって分かるから。
貴方のベッドに僕はよく飛び込んでいた。いつまででも話がしたかったから。
構って欲しくて、子供のような悪戯もした。貴方は困りながらも微笑んでくれた。たまに餌を抜かれたこともあった。そのときは反省をした。
最近始まった仕事で疲れて眠る貴方の頬を舐めてみる。変わらない味がした。胸の奥が切なく温かくなる。もう戻れない過去が蘇る。それが懐かしいという感覚なのだと知った。
僕は貴方が愛おしかった。
大きな窓の外を眺めていると、近所の犬が通り過ぎていく。僕は気づかれないように気配を消す。太った野良猫が横目で挨拶をして、車の上で眠っていた。タンポポの綿毛が舞い上がる。風はきっと温かいのだろう。そんな景気を眺めて思う。
僕は幸せ者なのだとそう思う。それは誰かと比べなくても分かっていた。
「私の方が幸せよ」と誰かに笑われたとしても「僕はこの幸せが一番好きなんだ」と胸を張っていうことが出来るから。
何度目かの冬を越した。その度に僕はこたつに潜り込んで喉を鳴らす。みんなの真似をして頭だけ布団から顔を出す。
いくつもの春を迎えた。窓から見える大きな桜の木が地面に薄ピンク色の絨毯を敷き詰めた。それはとても幻想的で、いつまでも眺めていたかった。
最近体が動かなくなってきた。眠る時間も増えた気がする。気づけば貴方は帰宅していて、今日もお出迎えが出来なかった。
そこは温かくて優しかった。気づけば僕は頭を撫でられていた。
その手を僕は忘れることはない。
ねぇ……どうしたの、なんでそんなに泣いているの?
笑ってよ。いつもの大好きな貴方の優しい心で僕に触って。
大丈夫だから。そんなに心配しないで。少しだけ眠るだけだから。
僕はね。貴方にちゃんと伝えられたか分からないけれど
「明日も貴方と一緒に生きたいな」って、生まれたときからずっと、そう思って生きてきたよ。
もう僕は何も分からないのだけど、貴方の優しい手の温かさは分かるんだ。
今もそこで、手を握ってくれて頭も撫でてくれてるんだよね。
毎日愛してくれてありがとう。毎日一緒に生きてくれてありがとう。大好き。この幸せが僕は好き。
毎日が僕の人生だったから。




