同族さんいらっしゃーい!
赤毛のコボルトに背中を押されながら小一時間ほど歩くと、確かに小さな集落が見えてきた。
「ここが、俺達の集落だ」 笑みを浮かべながら伝えてくれたが、確かに良い所だと素直にそう感じた。
鬱蒼と繁る森の中で、集落のある部分だけがぽっかりとひらけており、そこに蛮族ならではの集落が作られていた。
前世の記憶にあるような人里とはだいぶ趣が違う。
この風景は、むしろ縄文時代のイメージに近いかもしれないと思った。
鉄筋コンクリートの家なんかは当然なく、煉瓦や石、木製の家すら皆無だ。
あるのは歴史の教科書で縄文時代の風景として出てきそうな竪穴ばかりだ。
その中から、いくつかの顔が興味深そうにこちらを見ている。
「なあ、なんか見られてるんだが…」
「ああ、他所からこの集落を訪ねてくる奴なんて稀なんでな。皆お前さんのことが珍しいのさ」
「ありがとう。そういえばまだ名前を聞いてなかったな、何て言うんだ?」
「俺か?俺はカーティスって言うんだ、宜しくな」
相変わらずの笑顔で赤毛のコボルト、もといカーティスは答えてくれた。
「俺は…えっと、確か俺は……」
自分も名乗ろうとした所で、名前を思い出せない事に気付いた。
ひょっとして記憶喪失か!?生前の記憶は確かに…しかし、確かに生前の記憶は残っているが自分に関連する記憶だけ、どうしても思い出せなかった。
「ああ、名無しなんだろ?気にすることはない。この世界で名を持つ蛮族なんてのは少数だからな」
しかし、内心焦っていた俺に対しあっけらかんとした感じでカーティスはそう口にした。
「名無し?」
聞き慣れない響きだ。何より、今カーティスは名前を持つ蛮族の方が少ないと言った。
もしかして、この世界での仕様に合わせて俺は自分を思い出せないのか?
これは、次にあの(自称)神が話しかけてきたときに問い詰める必要があるな…っと、今はそれよりカーティスからこの世界について色々教えてもらうのが先決か。
「名前を持つ、なんてのは俺達には不要だろ?。名前は人間が個々を識別するための物だ。だが、一定以上の功績を挙げた蛮族は、同種同族とは違う存在だ。より優れた存在の証として、一部の蛮族は名前を持つわけだ」
「ってことはカーティスも?」
「ああ、そうだな。“疾風のカーティス”って言えば、この近くに住む人族ならそこそこ知ってるみたいだな。ただいま、今日は客を連れてきたぞ」
こちらの姿を見てやってきた小柄なコボルトの頭をわしゃわしゃと撫でながら、カーティスはにっこりと笑う。
「おかえり、そのピュンタラビットは?」
頭を撫でられたコボルトは少しくすぐったそうに身をよじりながら、嬉しそうに聞いてきた。
「この客人の戦利品だ。このグンタラビットも合わせて四匹、今日はこの四匹を使って客人を迎えての宴会をやるぞ。皆にもそう伝えてくれ」
おいおい、仮にも俺の戦利品って言うなら…と、言いかけて止めた。
あの楽しげな顔を見ていたら、そんな小さなことはどうでもよくなってしまった。
「よし、宴会が始まるまでの間、俺とお前さんは向こうの広場で待っていようか」
「ああ」
急に竪穴の中から出てきたたくさんのコボルト達は、宴の準備だと走り回っている。
その多くが、カーティスの姿を見つけると「おかえり」「楽しみにしてて」と声をかけていく。
「皆から好かれてるんだな」周囲をバタバタと走り回るコボルト達の微笑ましい光景を見ながら、自然とそんな言葉がこぼれでた。
「そうだな。まったく、嬉しい限りだ」
カーティスも笑みを浮かべながら答えた。
嬉しそうに笑うカーティスの言葉は、本当に嬉しいんだなということを俺に伝えるには十分だった。
面倒見が良く、腕がたち、更には人望(コボルト望?)もある。
まったく、本当に良い男、もとい良いコボルトだと感じた。
「お前さん、旅かなんかしてるのかい?」
「え?」
少しずつ出来上がった料理が広場に運ばれてきた頃、ふと聞いてきた。
「こんなご時世だ。そんな裸一貫で俺達の集落を探しに来るなんて、普通じゃ考えられんことだから、気になってな」
「いや、その…」
俺も、好きで裸一貫でさ迷っていたわけじゃ…。
しかし「神の悪戯で」なんて答えられるはずもない。
「ああ、無理に答える必要はないさ。言いにくい理由もあるだろう」
こちらが返答に困っていると、カーティスはガハハと笑って気にするなと言ってくれた。
「ところで、一つ相談があるんだが?」
「ん?何だ」
急に真面目になったカーティスの姿に、こちらもつられていずまいを正す。
「もし身寄りもなく行く先も決まってないなら、当分この村に滞在していかないか?」
それは、これからの行動を決めかねている俺にとって、正に渡りに船のような言葉だった。
「いいのか?こちらこそ宜しく頼む」
「おし、交渉成立だな。俺に出来ることなら喜んで力を貸す。その代わり…」
「逆の場合は俺も喜んで力を貸すよ」
ガッシと握手を交わす。
この世界に来て初めての友人がこいつで本当に良かった。
「よし、宴の準備も出来たようだ。そろそろ行こうか」
「おう!」
俺達は二人肩を組み、良い匂いにつられるように広場の中央へと歩いていった。