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チビの決意

「お疲れ様、よくやったわね。今日はもう休んでいいわ」

キースと共に屋敷に戻り事の顛末を聞いたアデリーナは、笑みを浮かべながら俺達を労ってくれた。

「そうさせてもらうよ」

既に傷は癒えているとはいえ、俺は壁に叩きつけられチビは全身麻痺で動けなくなったのだ。

今は体を休めるのが先決と考えて、チビを促して与えられた部屋へと戻った。

「それでは、私は次の任務がありますので」

「ああ、キースには聞きたいことがあるから少し残ってくれないかしら」

「は…?分かりました」

キースもまた退出しようとした所で、アデリーナに呼び止められた。

「それで、どうだった?」

「どうだった、とは?」

「決まってるでしょ、ブレイブとチビのことよ」

質問の主旨が分からず聞き返したキースに対して、アデリーナはニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。

無論、他の人の目がある前では決してこのような笑みを浮かべることはない。

それは、アデリーナのキースに対する信頼の証であった。

「そ、そのことなら、当分手を下すつもりはない」

「ふーん、あの蛮族嫌いのキースが一体どういう心境の変化かしら?」

「別に、見ていて危ういと感じるほど真っ直ぐな連中だということは分かった。ならばリーナを裏切ることはないだろうからな」

キースの言葉を聞いたアデリーナは相手を不安にさせるような笑みを浮かべながらへぇ、と口にした。

「裏切ることはないってことが分かれば、自分の感情を押さえ込んでもいいと思える位には、彼らを信用したってことね」

「っ、それは…どう思うとも君の勝手だ!」

反論するための言葉が浮かばず、キースは顔を背けた。

それを見たアデリーナはしばらくの間楽しそうに笑っていたが、やがて笑い疲れたのか咳払いをしたあと話を続けた。

「ま、キースをからかうのはこの辺にしときましょうか。あんまりやるとミイラ取りがミイラになりかねないし」

ようやく本題に入ってくれそうな雰囲気に、キースはほっと胸を撫で下ろした。「それで、貴方にはマルノーラの東に広がるザマル高原の偵察をお願いしたいのだけど」

「何故今ザマル高原などを…あそこに何かあるというのか」

ザマル高原はこれまで長いこと蛮族達の勢力下であったが、アデリーナの父ゼノン率いる討伐軍によって大きな痛手を受け、その勢力は大きく後退していた。

しかし、その戦いの折りにゼノンは深手を負い、今も生死の境をさまよっている。

ゼノンの遠征から2ヶ月、蛮族側は大きな行動を起こすことなくマルノーラへの脅威は払われたようにキースには感じられていた。

「静か過ぎるからよ。いくら父上との戦いで被った損害が大きかったと言っても、報復戦を挑んでくることもなく彼らが動かないのは何かあるわ」

「分かった。確かに、足元をしっかりと固めておきたいという君の考えは正しい」

「それじゃお願いね」

キースは分かったと言って頷くと、踵を返しそのままアデリーナの屋敷を出ていった。

その背中は、先ほどまでアデリーナにいじられまくっていた男のものではなく、歴戦の戦士のそれとなっていた。


「ふぅ」

キースも去り、そろそろ寝ようかしら…とアデリーナが考えていたところで、自室の扉が遠慮がちにノックされる音が聞こえてきた。一瞬キースかとも思ったが、キースならば「リーナ入るぞ」と一声かけてから入ってくる。

「こんな遅い時間に誰かしら」

念のため、キースから渡されている護身用のナイフを左手に持ってゆっくりと扉を開けた。

そこに立っていたのはキースでもメイドでもなく、ブレイブと共に拾ってきた白コボルトのチビだった。

恐らく、声をかけなかったのは蛮族の言葉しか話せないからだろう。

「安心しなさい。私は蛮族の言葉も話せるから、遠慮することはないわ。何しに来たの」

チビを安心させるように蛮族語で話しかけながら、アデリーナは自室に入るよう促した。

座るように勧められた椅子に座り、数回深呼吸をしたあと、覚悟が決まったのかチビは口を開いた。

「あの、僕…魔法を覚えたいんです!」

「魔法を?どうして?」

突然のことにやや面食らいながらも、アデリーナはその理由を問いただした。

まだブレイブにしろチビにしろ僅か1日の付き合いだが、アデリーナの見たところでは、チビは決して主張の強い者ではないと感じていた。

もちろん、人の言葉を話せないというのも理由の1つではあったが、それ以上にブレイブにくっついている形であちこち動いているのだろうという風にしか考えていなかったからだ。

「僕は強くなりたいんだ。これまでずっと誰かに守ってもらってた分、これからは皆を守っていけるようになりたいんだよ」

自分に向けられている真摯な目を見ながら、アデリーナはチビに対する認識を改めていた。

この子は可愛らしい見た目とは裏腹に強い意志を持っている。

力を欲しいと願う気持ちは、アデリーナにも理解出来た。

「分かったわ、このあと数日は貴方達に対する頼み事も特にないしね。なら明日から貴方とブレイブには魔法の習得を――」

「待って!」

アデリーナの提案を、予想外の大声でチビは遮った。「どうしたの、明日からじゃ不服?でもね、今日はもう遅いし…」

「そうじゃないんだ。僕は、ブレイブと一緒じゃなくて、1人でやりたいんだ」

チビの訴えを聞きながら、アデリーナはしばし考えた。

しかし、強い意志の籠った目で自分を見つめているチビの姿を見ている内に、これは反論しても仕方ないという結論に達した。

それよりも、チビの思う通りにさせた方がゆくゆくは私にもメリットがあるかもしれない、と判断したアデリーナはチビの触り心地の良い頭を撫でながら頷いた。

「分かったわ、なら明日からブレイブには適当な用事を頼むことにするわね。でないと貴方を心配して付いてくるかもしれないし」

「本当?やったー、ありがとうお姉ちゃん!」

了承の返事がよほど嬉しかったのか、チビはこれまでにない満面の笑みを浮かべて、ばんざーいとはしゃいでいる。

――自分に弟がいたらこんな感じなのかしら――

全身で喜びを表現しているチビにつられる形で、アデリーナもまた自然と笑みを浮かべていた。

「さ、どのみち今日はもう遅いわ。魔法の習得と特訓は明日からね」

「はーい、それじゃおやすみお姉ちゃん」

ぶんぶんと手を振って、チビはブレイブと同じ部屋へと戻っていった。

「さてと、夜更かしは美容の大敵だしそろそろ寝ようかしら」

服を着替えベッドに潜り込みながら、眠りに落ちるその瞬間までアデリーナの脳裏にはチビのまばゆいばきりの笑顔が浮かんでいた。


この物語はあくまで主人公ブレイブをメインに据えながら、他のキャラの視点等も挟んでいく群像劇にしていけたらいいなと思っております

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