初めての依頼は盗賊退治
祈りが通じたのか、永遠に続くかと思われた爆走も無事終点までたどり着いた。今、馬車は街の入り口らしき城門の前で止まっている。
こちらの馬車が止まっているのを見たのだろう、二人の兵士がやって来た。
「失礼ですが、日の出前の市内への出入りは禁じられております」
馬車の外から呼び掛けてくる兵士の声に応えて、アデリーナは風避けのため被っていたフードを取って何か二言三言言葉をかわしていたが、やがて「失礼しました!」と深々と頭を下げると、兵士たちは門へと走っていった。
「一体あの兵士たちに何て言ったんだ」
ゆっくりと開いていく城門を見ながらアデリーナに問いかけてみたが「別に」という素っ気ない言葉が返ってきた。
「私はただ、お勤めご苦労様、悪いんだけど開けてくれる?って言っただけよ」
うーん、変わったことは言ってないよな。
ということは、伝えた言葉が特別だったんじゃなくて、それを言ったアデリーナ自体が――
「さっ、急いで戻らないと」
「うわっ」
城門が開き、兵士たちが脇に避けて深々と頭を下げているのを見た後、再び馬車は走り始めた。
馬車の座席部分に思い切り頭を打ちながらも外を見渡した俺は、その瞬間痛みを忘れた。
道の両側に並んでいる建物は全て石造りで、お店とおぼしき建物では開店前の準備か、数名の人が店先の掃除をしたり商品を並べたりしている。道を歩いている人の中には、明らかに人間とは異なる者達も混じっていた。
あの、道端でいびきをかいて寝ている小柄で筋肉質な男はドワーフだろうか。
こういう世界なら或いは、と思ってはいたがやはり人間以外にも多くの種族が住んでいるようだ。
「すげぇ…」
石造りの家々、人間だけでなく多種族が行き交う往来。
かつて「こういうファンタジー世界で暮らしてみたい」と思ったこともあったが、まさかこんな形で実現するとは。
馬車は途中、大通りを右に曲がりしばらく進むと、街に入ってから見た中で一番デカイ建物の前で停止した。
「さあ、着いたわよ。なんとかぎりぎりセーフね」
辺りをきょろきょろと見渡していたアデリーナは、安心したのか俺達に声をかけてきた。
「着いたって…え?」
着いたってまさか、豪邸としか思えないこの建物のこと?
チビは見るもの聞くもの全てが初めてで驚いているのだろう、ずっと周りをきょろきょろと見渡していた。「だから、この屋敷が私の家よ。さ、誰かに見つかる前に入って」
アデリーナは俺達の背中をぐいぐい押して屋敷の扉の前に立つと、そっと扉を開いていく。
「またセレナ湖畔の別荘まで行ってたのか?気分転換したいのは分かるが、勝手に一人で出ていかれては困ると何度も言ってるだろう」
「はぁ…キース、あなたひょっとして夜通し待ってたわけ?」
しかし、扉を開ききる前に向こう側から咎める声がした。
アデリーナはその声で扉の向こうに誰がいるか分かったのだろう、ため息をつきながら扉を開けた。
「当然だろう。君にもしものことがあったら、私にリーナの警護役を与えて下さったゼノン様に何と申し開きをしたらいいんだ」
扉の向こうに立っていたのは、金髪を後ろで一つ結びにした長身の男だった。
さっきキースと呼ばれていたが、それがこの男の名前なのだろう。
腰に下げた剣と隙のない立ち居振舞いから、この男が相当腕の立つ剣士なのは間違いない。
「そんなの必要ないって前にも言わなかったかしら?自分の身くらい自分で守れるわ。ブレイブ、チビ、こっちよ」
しかし、アデリーナはそんな忠告は聞きあきたと言わんばかりの対応をとると、そのまま屋敷の中へと俺達を連れて行こうとした。
「おい、それは蛮族じゃないか。そんな奴らを邸内に入れようだなんて何を考えてる!」
ですよねー、やっぱり引き留めますよね。
俺達の姿を見たキースは更に強い語調でアデリーナに迫っていくが、当のアデリーナはどこ吹く風だ。
「ふぅ。キース、朝からそんなに怒ってばかりじゃいつか血管が切れるわよ」
「怒らせているのは君の方じゃないか」
「ほら、この首輪見てわからない?忠誠の首輪、これでも文句ある?」
「む…いや、やはり今日昨日やってきた蛮族を信用しろと言う方が無理がある」
俺達の首輪を見せられたキースは一瞬言い淀んだが、それでも真っ当な正論でアデリーナを止めにかかる。…ん?忠誠の首輪?何だそれ、何か魔法のアイテムとかなんじゃ――
「ふぅん、じゃあ彼らが信用に足る存在だと分かれば納得するのね」
「っ、そ、そうだ」
今さら後には引けないのだろう。
明らかに押されてはいたが、キースは力強く頷いた。「じゃあこうしましょ、今日の午後彼らにはマルノーラで暴れている盗賊ギルドを叩いてもらうわ。キースはお目付け役として同行、それで信用出来るかどうか判断すればいいわ」
「…分かった、異存はない」
「それじゃ決まりね。ブレイブ、チビ、早く行くわよ」
未だに納得がいかない表情をしているキースを残して、俺達は屋敷の中へと足を踏み入れた。
「うわぁ、まるでお城みたいだねお兄ちゃん」
「ああ…こりゃ凄い。まるで貴族か王族の屋敷だな」
「ええ、そうよ」
「やっぱりなぁ…って、え?」
俺とチビが揃って屋敷の内装に感心していたとき、前を歩くアデリーナが肯定の返事が返ってきた。
いや、蛮族の言葉がわかることも驚きだが、それ以上に…
「アデリーナって貴族なのか?」
「ええ、言わなかったかしら?マルノーラは私の街だって」
ああ…生まれ故郷とかそういう意味じゃなくて、“私の治める街”って意味だったのね…。
「さあ、今日からここが貴方達の部屋よ。朝食は出来たらメイドに運ばせるから、それまでゆっくりしてなさい」
ゆっくりとドアを開けて案内されたのは、とんでもなく豪華な部屋だった。
これ、本当に俺達が使っていい部屋なんだよな?
「家具も必要最低限しか置いてないからちょっと殺風景だけど、それは我慢しなさい。朝食が終わったらキースと一緒に買い物に行ってもらうから」
あ、そうだった。
色んなものに圧倒され続けて忘れていたが、そういえばさっき盗賊ギルドを叩いてもらうなんて言ってたな。
「何で俺達がそんなことをするんだ」
「あら、だって貴方達の力量が分からないと今後頼み事が出来ないでしょ。私は貴方達の力量が量れる、貴方達はキースの信頼を勝ち取る。ほら、一石二鳥じゃない」
「何て言ってるの?」
「ああ、午後からさっきの剣士と一緒に盗賊退治をしろ、だってさ」
「盗賊って人のものを盗む奴のことでしょ。分かった、やるよ」
アデリーナからの依頼を伝えると、チビは俄然やる気が出たのか二つ返事で了承した。
まあ確かに、せっかく人間の街に来たのにすぐさま叩き出されたのでは敵わない。
「分かった、引き受ける」
「そう、元々貴方達に拒否権なんてないけど、自分から動いてくれるなら助かるわ」
何か気になる言い方をするな…と思っていたが、その前に聞きたいことが幾つかあったんだった。
「なあ、さっき気になることを言ってたが、忠誠の首輪って何だ?」
「首輪に魔力を通してから誰かの首にはめると、その魔力の主の命令に逆らえなくなるっていう代物よ」
あの…何でもないことのように言っていますが、要は今俺とチビはアデリーナの奴隷のようなものってことですか?
「他に聞きたいことがないなら、政務で忙しいから私はもう行くわね」
「え、ちょっ」
言うべきことだけ言って、アデリーナは嵐のように去っていった。
色々と言いたいことはあったが、どのみち忠誠の首輪をしている限りアデリーナには逆らえない。
「こうなったら出たとこ勝負だー!」
「うわっ、どうしたの!?」
考えている内に段々とやけっぱちになり大声で叫んでみた。
もうこうなったら今の状況に流されるだけ流されてやる。
妙な決意を固めながら、俺の叫びを聞いたらしい、恐々とした仕草でメイドさんが運んでくれた朝食をがっつくことにした。




