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雪花舞う  作者: 芍薬
8/19

幕間・衛士の青年は、この場にはいない彼を詰る

 先輩がひとり、姿を消した。

 片付けられた部屋に、退職願一枚を残して。


 呼び集められたギルとリオスは、神妙な顔で上官の前に立った。

 執務机の向こうのデガンの眉間の皺が深い。

 ギルがこっそりついた溜め息は、奇しくも他の二人と重なった。深々と嘆息する。

 渋面のデガンはこめかみを揉むと、二人の眼前に紙を突き出した。

 退職願、と決して美しくはない文字で綴られたそれは、ウィオル・グランの名前で締められている。


「で、どういうことだ。これは」

「……存じません」

「お前らだろ、あいつと仲良かったのは。あいつに一体何があった」

「我々が聞きたいです」


 本日明朝、起きてこないウィオルを訝しんで後輩が寮の部屋を訪れたところ、もぬけの殻だった。

 そして極めつけがこの退職願だ。


 ギルたち後輩も上司であるデガンも、これには頭を抱えた。

 何しろ、彼がいなくなった理由がわからない。

 新人の脱走でもあるまいし、左遷されても辞めなかった彼が何故今さら。

 薄っぺらな紙に綴られた理由は『一身上の都合により』だ。彼の退職が必要な『一身上の都合』など、ここにいる誰も知らなかった。

 今までちらりとも前兆はなかったはずだ。


 ……いや、とギルは思い直した。異変ならあったではないか。

 ウィオルと共に姿を消した少女。彼に拾われてきた記憶のない彼女は、ウィオルの部屋に仮住まいしていたはずなのだから。


 一番最後に彼女を見たときのことを思い出す。

 控えめに笑っていたと思うが、何か話していただろうか。


「……堅物、色に溺れるか。信じたくはないが」


 デガンが苦々しげに吐き出す。

 彼女の記憶が戻っていたとして、ウィオルは女に囁かれて道を誤るような男ではないと、ギルは思った。にわかには信じがたい。


 信じられないと思うほどには彼と親しかった自負がある。

 ここに来てからよく面倒を見てもらったし、共に行動することも多かった。だから尊敬していた。

 いなくなったと聞いて、裏切られたと感じたのは仕方がないことだと思う。


 またしても三人で深々と溜め息をついていると、廊下の先がにわかに騒がしくなった。

 何事だ、と顔を見合わせる間に近づいてくる足音がして、部屋の扉がノックされた。


「隊長、ウィルス国都より早駆けで使者が見えられています」

「何ぃ?」


 国都より非常の連絡が来ることなど、滅多にない。


「用向きはなんだ」

「……それが、巫女に関することだと」

「巫女?」


 ふと、嫌な予感がした。

 失踪したという巫女。彼女は一体何のために姿を消したのだろう。何処(・・)へ。

 ゆっくりと振り返れば、同じような表情の相棒と目が合った。ちらりと横目で見れば、机の向こうでデガンも同じような顔をしていた。


 偶然にしては、出来すぎている気がするのは、どうやらギルだけではないらしい。

 ギルは心の中で、ここにはいないウィオルを詰った。


 一体あなたは、何に巻き込まれたんですか……!


 無口で無愛想だが情に篤い彼の性格が恨めしい。

 彼が雪山で彼女を拾った日から、すべては始まっていたのかもしれない。

 たとえ、そうだったとしても。


 ウィオルにとってのクレイドルでの日々は、こんなにもあっさりと放棄されてしまうものだったのだ。

 ギルにはそれがひどく悔しかった。

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