幕間・衛士の青年は、この場にはいない彼を詰る
先輩がひとり、姿を消した。
片付けられた部屋に、退職願一枚を残して。
呼び集められたギルとリオスは、神妙な顔で上官の前に立った。
執務机の向こうのデガンの眉間の皺が深い。
ギルがこっそりついた溜め息は、奇しくも他の二人と重なった。深々と嘆息する。
渋面のデガンはこめかみを揉むと、二人の眼前に紙を突き出した。
退職願、と決して美しくはない文字で綴られたそれは、ウィオル・グランの名前で締められている。
「で、どういうことだ。これは」
「……存じません」
「お前らだろ、あいつと仲良かったのは。あいつに一体何があった」
「我々が聞きたいです」
本日明朝、起きてこないウィオルを訝しんで後輩が寮の部屋を訪れたところ、もぬけの殻だった。
そして極めつけがこの退職願だ。
ギルたち後輩も上司であるデガンも、これには頭を抱えた。
何しろ、彼がいなくなった理由がわからない。
新人の脱走でもあるまいし、左遷されても辞めなかった彼が何故今さら。
薄っぺらな紙に綴られた理由は『一身上の都合により』だ。彼の退職が必要な『一身上の都合』など、ここにいる誰も知らなかった。
今までちらりとも前兆はなかったはずだ。
……いや、とギルは思い直した。異変ならあったではないか。
ウィオルと共に姿を消した少女。彼に拾われてきた記憶のない彼女は、ウィオルの部屋に仮住まいしていたはずなのだから。
一番最後に彼女を見たときのことを思い出す。
控えめに笑っていたと思うが、何か話していただろうか。
「……堅物、色に溺れるか。信じたくはないが」
デガンが苦々しげに吐き出す。
彼女の記憶が戻っていたとして、ウィオルは女に囁かれて道を誤るような男ではないと、ギルは思った。にわかには信じがたい。
信じられないと思うほどには彼と親しかった自負がある。
ここに来てからよく面倒を見てもらったし、共に行動することも多かった。だから尊敬していた。
いなくなったと聞いて、裏切られたと感じたのは仕方がないことだと思う。
またしても三人で深々と溜め息をついていると、廊下の先がにわかに騒がしくなった。
何事だ、と顔を見合わせる間に近づいてくる足音がして、部屋の扉がノックされた。
「隊長、ウィルス国都より早駆けで使者が見えられています」
「何ぃ?」
国都より非常の連絡が来ることなど、滅多にない。
「用向きはなんだ」
「……それが、巫女に関することだと」
「巫女?」
ふと、嫌な予感がした。
失踪したという巫女。彼女は一体何のために姿を消したのだろう。何処へ。
ゆっくりと振り返れば、同じような表情の相棒と目が合った。ちらりと横目で見れば、机の向こうでデガンも同じような顔をしていた。
偶然にしては、出来すぎている気がするのは、どうやらギルだけではないらしい。
ギルは心の中で、ここにはいないウィオルを詰った。
一体あなたは、何に巻き込まれたんですか……!
無口で無愛想だが情に篤い彼の性格が恨めしい。
彼が雪山で彼女を拾った日から、すべては始まっていたのかもしれない。
たとえ、そうだったとしても。
ウィオルにとってのクレイドルでの日々は、こんなにもあっさりと放棄されてしまうものだったのだ。
ギルにはそれがひどく悔しかった。