2・君を思う
訓練の後、汗を拭いていたウィオルは、背後によってきた気配に気がついて顔をあげた。
後ろに立っていたのはにやにや笑う後輩達だった。
「せんぱ~い、女囲ってるって本当ですか?」
「人聞きの悪いこと言うな」
発言した茶髪のギルに足払いをかける。
ギルは「ふぶっ」と変な声をたてて地面に潰れた。
まだまだ鍛練不足のようだ。
「いやーでも先輩、女の人を連れ込んでるのは本当なんでしょ?」
連れの赤毛のリオスが感心したように言う。
相方が不用意な発言でウィオルの制裁を食らうのはいつものことなので、突っ込みすらしない。
「堅物の先輩が女性を連れてきたってことで、今話題になってるんですよー」
誰だ、余計な噂を立てたやつは。
物騒な目付きになるウィオルに、後輩二人はヒラヒラと手を振る。
「俺たちじゃないですって」
「そうですよ。そんなことするメリットがないじゃないですか」
それもそうか。こいつらにそんな嫌がらせをする理由もあるまい。
そう納得したウィオルは、ひとまず殺気を引っ込める。
「雪山で行き倒れていたのを拾っただけだ」
「えー、なら医務室に預ければいいじゃないですか」
それが出来たら苦労しないとウィオルは思った。
ウィオルが拾ってきた女は、目覚めた時には自分に関することをごっそり忘れていた。
あまりに不安げな顔をするので、ひとり医務室に連れていくのが不憫になったのだ。
彼女が今いるのは、兵舎の中のウィオルに割り当てられた部屋だ。
ウィオル達はウィルス王国の北の果て、クレイドルの衛士だ。
王国の北には魔族領があり、山からは時折魔獣が降りてくる。それを退治するのが主な任務である。
魔族は人と姿形こそ似ているが、その本質は大いに異なる。
魔族は一般的な動物と違い、心臓の代わりに核と呼ばれる魔力石を体内に持っている。
その核が壊れない限り活動が可能であり、魔力を自在に使いこなす。
魔族は王を抱くことでも知られている。
人のように血族間の継承ではなく、実力によってのみ成り上がる魔王は、大概が好戦的な性格であり、人の領地に攻めこんでくる。
クレイドルは北の戦線のひとつだが、ここ近年は特段戦もなく、平和な日々が続いていた。
この地に配属になるのは、血の気の多い荒くれ者か、とにかく経験値を稼ぎたい貴族の庶子などである。
町での勤務が性に合わないような者が多く、力を貪欲に求めるような猛者ばかりだ。
ウィオルとて人のことは言えない。
前の配属場所で上司と大喧嘩した挙げ句、追い出されてクレイドルに異動してからもう3年になる。
なんだかんだ、この土地のことが嫌いではない。
憎たらしい後輩達も増え、仕事にはそれなりにやりがいを感じている。
日課の外回りの最中に女を拾ったのは予想外だったが、せめて彼女の気持ちが落ち着くまではそっとしておいてやろうと思う。
記憶をなくすほどの何があったのか、気にならないわけではないが、あえて傷を掘り返すほど無粋でもない。
やれやれと首を振ったウィオルは、さっさと片付けをした。
女の不安げな顔が脳裏をちらついていた。せめて早めに帰って話でも聞いてやろう。
「先輩もう帰るんですか? 可愛い後輩を置いて女のところへ」
茶化してくるギルと、ついでに隣のリオスにも鉄拳を下す。
「とばっちりだー!」と騒ぐリオス達を置いて、ウィオルは自室へと戻ったのだった。