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雪花舞う  作者: 芍薬
1/19

1・舞い散る雪花

ナツ様の共通プロローグ企画に参加させていただきました!

飛び入りですみません。


 夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。

 一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。

 音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。

 男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。

 力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。 


 ****


 ふわりと鼻先を漂う美味しそうな匂いで目が覚めた。

 現金な胃袋が空腹を訴える。ひどくお腹が空いていた。


「ここは……」


 何処だろう。

 身動きすれば、体にかけられた薄い毛布が滑り落ちる。随分薄っぺらなそれは使い込んだ物らしく、端がほつれている。


 半身を起こせば、そこは部屋の中であった。

 机と、ベッド。それに木製のタンス以外は何もない、殺風景な部屋だ。

 辛うじて、赤々と火の燃える暖炉だけが人の気配を感じさせる。


「……」


 自分の部屋ではないと思う。

 しかし、ここが何処なのか全く心当たりがない。

 側頭部が鈍く傷んだ。

 何だろう。何か大事なことを忘れている気がする。

 頭痛と戦っていると、不意に部屋の扉ががちゃりと開いた。


 顔を出したのは、見知らぬ男であった。

 眉尻に残る傷痕が目を引く、それ以外は特に目立ったところのない容姿。強いてあげるなら、服の上からでも分かるガッチリとした体型だろうか。


「……目が覚めたか」


 灰色の瞳が彼女を眺める。

 その淡々とした視線に思わずすくむと、男は視線を手元に落とした。

 そこにはほのかな湯気の上がる、スープの皿があった。


 正直な体は空腹を訴え続けている。

 彼女の腹がきゅうと鳴ったが、男は驚いた様子もなく、ベッドの脇まで歩いてくる。


「何か食べた方がいい。体が暖まる」


 言われて誘惑に勝てず、彼女は手をのばした。

 匙を掴もうとしたが取り上げられ、何故と見上げれば、男は手に持った匙でスープをすくい、息を吹き掛けてから彼女の口許に差し出した。

 ……至れり尽くせりである。


 ええい、ままよと口を開き匙を受け入れる。

 温かいスープは、よく煮込んだ野菜の味がした。

 何処か懐かしい味のそれは、じんわりとお腹に染み渡った。


 黙々と差し出される匙を受け入れて、皿が空になった頃、ようやく人心地ついた彼女は、ほぅと息をついた。

 腹が満たされた感覚が幸せな気分を連れてくる。


 いや、のんびり浸っている場合ではなかった。


「ご馳走さまでした。……申し訳ないんですが、ここはいったい何処でしょう」


 自分でも間抜けな問いだと思う。

 しかし、他にどう言えばよいというのだ。

 わからないことはそのままにしておきたくないのだ。


「ここはクレイドル。ウィルスの北の果てだ」


 クレイドル。ウィルス。

 どうしよう。聞いても全くわからなかった。

 困惑する彼女に、男が問う。


「貴方は雪山に倒れていた。あのままでは危険なので、私の家に連れてきた。名はなんと言う?」

「私の、名」


 名前。自分が何者であるかを示すもの。

 たったそれだけのことを思い出すために、彼女は頭を抱えた。

 頭痛がひどい。


「私の……名前」


 彼女は混乱した。

 自らのことを忘れるはずがないのに。


「わから、ない」


 呆然と呟く。

 何も思い出せなかった。


「頭を打っているのかもしれないな。後で医者を呼ぶ。しばらくここでで休んでいくといい」


 そんな風に男は言った。

 その言葉にすがる以外に、彼女に何ができただろう。

 ただ呆然と、頷くしかできなかった。

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