80 精霊を統べる王①
【私に従え】
黒いローブの男の眼が光ると同時に私は友達三人に対抗魔法を掛け、レジストするも、自分や周りまでは間に合わなかった。
途端に訪れる静寂。剣を構えてた騎士もアリシアさんも私も動けなくなった。どうやらレジストに失敗したようだ。
恐らくあれは魔眼。それも闇の精霊と契約し、効力を底上げしてる。並の魔法使いじゃレジスト等不可能だろう。しかし私にはまだ余裕があった。何故なら背後から何かを食べる音が聞こえ続けてるからだ。この場で食事を続けてるのは唯一人――ヘリオスだ。
「やはり吾輩間違ってたのである。人間はこうも食事を旨くする事が出来るなど知らなかったわモグモグ」
途中の出店で買った骨付き肉を骨ごと食べてるヘリオスには精霊魔法で強化した【魔眼】も聞かなかったのだろう。仮にも古代竜の一柱だし。
それと意外な事にメイドーズ3人も無事だ。転移で一瞬にして範囲外に逃げた。唯慌てて使ったらしく、私を置いてきぼり&転移先を適当にしたのか何処かに消えた。慌てすぎだろう。
「主よ我にも効かぬぞ。ああ言う物を使う同胞は多いのでな。同族たる我等は耐性を持ってるのだ…っは‼今こそ好機」
足元に居たクート君は私が動けないのを良い事に少しだけ大きくなると動けない私を背負うようにして乗せてゆっくりと地面に座らせる。そして爪を器用に使って私の腰からポーチを強奪した。
「ちょ‼」
クート君は強奪したポーチを傷つけないように丁重に開け、中に顔を突っ込む。そして中から布袋を強奪した。中身はご褒美用のジャーキーだ。この機に乗じて私からジャーキーを強奪するなぞペットの風上にも置けない所業である。
「コイツが欲しかったのだ。感謝するぞゴミ共」
言ってる事は最低だが、他の人にはわふわふ言ってるとしか思われないだろう。
と言うか予想外にレジストされたので若干同様してるようだ。魔獣たるクート君は理解出来る。魔獣に【魔眼】は効かない事があるのは有名だし。
でもヘリオスは一見唯の執事だ。だがもし本物の執事ならこの場で骨付き肉を食べてる事は無いだろう。無礼過ぎる。
「ま、まあ大体を無力化出来たな。さっさと王女を眠らせろ」
「そりゃ無理だ。私にも効いてないよ。ケーナ達はアーランドの人達呼んで来て。ここは私の出番でしょ」
腰のショートソードを抜き、私の前に立つアノンちゃん。ケーナちゃん達は即反転して助けを求めに行ってしまった。いやアノンちゃんも連れて行ってよ。私だけなら殺される事は無いんだからさ。
「ここは騎士の娘の腕の見せ所だね。アリスを護ってオストランド側としても面子を保たなきゃ」
「逃げて欲しいんだけど。もう少しすれば自由になるし、私一人でも逃げれるから」
「王女様は騎士に守られるのが義務だから。私が今回は守ってやるよ」
「ヘリオス・クート君ちょっと時間稼いで」
「うむ」
「心得た。褒美追加の肉で良いぞ?」
流石に街中では竜状態にはなれない。大きすぎて動けないだろう。ヘリオスはあくびしながら私達の前に出る。クート君は本来の姿でも動けるから本来の姿に戻った。
何処かの密偵…多分帝国か皇国か…分からないな。飛空船の事を考えると何処が狙ってきても不思議じゃない。まさか魔眼&闇精霊のコンボを持ってる人が居る何て予想外…でも無いけどここまで一気に来るとは。しかも精霊と契約してる人が他にも数人居るね。私達のような精霊と契約してる人は同類を一瞬で見破るから隠すとか無理だし。
現状の戦力でも…負けは無いね。私は中途半端でもレジストしてるから命令には従わない。唯体の支配権を奪われたので動けない&魔法を使えない。まさかこっちで来るとは。騎士達が魔眼に負けなければ更に余裕なのに。騎士の人達精霊魔法とか撃たれても平気で突撃するらしいし。
ここはせめてアノンちゃんの武器を何とかしよう。それにショートソードは持ってても防具が無い。これは危ない。つまり技術支援の必要性がある。悪いのは魔眼に引っかかった私と棒立ちの護衛達――うむ。
「アノンちゃん。私の胸元に鍵があるから出して」
「この場で‼ちょっと私の首が飛んじゃうかな~まあアリスの事だし何か持ってるんでしょ。後で庇ってね…おお柔らか…う~んちょっと突っこみすぎたかな?これか」
「ちょっと触り過ぎ‼ええい【管理者権限一時譲渡】アノンちゃん剣とガントレットがあるからショートカットで出して。ちゃんと使い方分かったでしょ」
宝物庫の使用権を持ってれば特にロックされてない場合は使い方が勝手に頭に入る。
「便利な物ばっかりで羨ましいんだけど…【クイック・ドロー】贈与品1・2」
出てきたのは白銀のガントレット。手の甲に赤い魔玉が付いてる。そしてちょっと大きいが、アノンちゃんなら使える騎士剣。これは剣先だけが両刃で基本片刃だ。この世界の剣は基本的に両刃だけど、力負けしたらもろに自分を傷つけるから先端だけ両刃にして貰った特注品だ。素材はオリハルコンとミスリルの複合合金。これもこれと言った装飾は無い。アノンちゃん用にちょっと短めだけど、【軽量化】を付与してあるからアノンちゃんの好みの重さに調整できる。
「それあげる。ちょっと早い誕生日プレゼント。刀身はアーランド最高の刀匠の作だよ」
グランツさん作だ。
「マジで!宝剣じゃん。無理無理貰えないって」
「じゃあ助けてくれたらお礼としてあげる。騎士への褒美は剣と相場が決まってる。ガントレットは盾の代わり。腕輪と同じ魔法を込めた特殊品だよ。腕輪と使い方は変わらないけど標準状態だと盾の形で出るからね。私はささっとこの状態から抜けるから」
アノンちゃんは渋々だが、ガントレットを付けて、ショートソードを地面に刺すと騎士剣を抜いた。鈍く光を反射する刀身を一瞬だけ見ると、クルクル回して使い勝手を確かめる。最もここで突撃したら私の周りに誰も居なくなるので周囲警戒してるけど、ちょくちょくこっちに飛んでくる魔法を切り裂いてくれる。
それとヘリオスは意外と弱かった。と言うか人間状態での戦い方を知らないようだ。剣で魔法で滅多打ちにされてる。無傷だけど。
クート君は一人一人咥えると壁に叩きつけたりどっかにポイしてる。あっちはある阿鼻叫喚だろう。魔法もその毛を超えれてない。しかし精霊魔法は通じてるようで鬱陶しそうに走り回って躱してる。
私も体の制御を取り戻せばこの程度…
(アリス~ナニ遊ンデルノ?)
「動けない」
取りあえず何とかしようともがいてると、精霊達が不思議そうに私の周りを飛んでいた。助けてよ。
(眼ヲ使エバイイジャン)
………あ。そう言えばそんな能力もあった。唯の魔力ポーションの代わり程度の認識だったね。確かに幻術に類する魔法は効かないんだっけ?魔眼に試した事無いけど。
取りあえず普段は目に魔力を流さないように止めてるから、それを戻す。当然私の纏ってる幻影も消えるので髪の色とか色々戻る。周りの市民はまたか‼って顔になる。ここは往来だ。喧嘩だと思われて結構遠巻きに野次馬が居た。
「魔眼に効くなら先に教えて欲しいよ」
(ダッテ、アリス眼余リ使ワナイジャン)
「使い勝手が悪い」
(幻術デ自分ヲ偽ㇽノハヨクナイヨ。モットオープンニ行コウ)
光と闇の精霊以外は基本的に片言で話し難いんだけど…これでも大分マシになった方か。闇の精霊先生曰く「長年人と関わりが無かったから会話法を忘れたんだろ」との事。
さてどうしよう。ヘリオスはボコられてるけど効いてないみたいでデコイとしては有能だろう。何気にダメージが無い事に襲撃者もドン引きだ。しかし無視すると意外とウザいので数人でひたすら切りかかってる。残りはクート君は大活躍してるね。メイドーズは…やっと戻って来た。何か硫黄のような匂いが…何か焦げてる。
「死ぬかと思った」
「火口はヤバいよ…一瞬でも転移遅れてたら燃え尽きてた」
「それよりアリシア様に怒られるよ…ブルブル」
どうやら何処かの火口に転移してたらしい。私達を忘れて転移したのは怒られるだろうけど自業自得だ。
取りあえず各々の武器を出して私の周囲を護る。うーん警備は十分だね。後は…
「糞、お前等王女を拘束し、邪魔者を殺せ」
やっぱり私の護衛の騎士を使うんだね。やり難いな。下手をするとクート君でも勝て無いしな…ヘリオスは戦力外だし、アノンちゃんもあの装備だと時間稼ぎだろう。剣をアノンちゃんに向けた瞬間お仕置きするけど。
(アリス、あっちの精霊は既に君の味方だ)
「私と契約してないけど」
(あの子達、誰に刃を向けたか、やっと気が付いたみたい。もうこっちには魔法飛ばせないよ)
光と闇の精霊はやっと気が付いたかと鼻で笑うような雰囲気を出してる。
確かに、ちょくちょくこっちにも飛んできた魔法や、流れ魔法はいつの間にか飛んでこない。私を捕まえる為に威力が低い魔法を撃ちこんでたのに。最もアノンちゃんが私と会話しながら余裕で斬ってたけど。
しかし何故にこっちに来ない?いや、何かあっちが混乱してる。
「どういう事だ。魔法が無効化される」
「精霊よ私の言葉を聞け‼」
(あの子を傷つける何て出来ないよ~)
どうやら向こうの精霊は何故か私を攻撃したくないみたいで相手の魔法使いの魔法を妨害したり、契約で繋がってるのをいい事に契約者の魔力を乱したりして、こっちに魔法を撃ち込めないようにしてるようだ。
だが、既に術中の騎士達やアリシアさんがこちらに剣を向ける。本当にどうしよう…。
「役目を忘れる人なんて大ッ嫌い!」
取りあえず罵倒してみた。
騎士や、アリシアさんは私を取り押さえる為に走って来てたが、足を止め、震える。
「「「「ぬおおおおおこんな魔法何てどうってことねええええええええ」」」」
罵倒一つで正気に戻る騎士も嫌なんだけど。取りあえず騎士達は正気に戻った。泣いてるけど戻っただろう。彼等のプライドに傷を付けた襲撃者に慈悲は無いと思う。
「殺す殺す殺す殺す殺す1班は姫様周囲に円陣を組みそこを最終防衛ラインとせよ。残りは奴等をとっ捕まえろ。この世の地獄を見せてやる。一人も殺すなよ?奴等は死ぬことすら許さん‼」
「クート君はわんこーずを召喚」
「うむ、ワオォォォォォォン」
クート君周辺に魔法陣が出現し、わんこーずが30匹ほど召喚された。
既に勝ちは決まっただろう。後は魔眼に掛かったふりをしてるアリシアさんが何とか敵のトップを拘束するだろう。この状態で正気に戻らない人じゃないし、魔眼が聞くような人でも無いと思う。アリシアさんは状況の変化を悟った襲撃者に呼び戻され、人質扱いになっていた。だが、騎士達は容赦しない。アリシアさんより私を守り、襲撃者を殲滅するのが仕事なのだ。それに一応同僚だから正気なのを察してるようにも思える。
「アリス、私必要だったかな?何か頑張る気力が失せてくるんだけど」
「動けない時に守ってくれたのは嬉しいよ?でもこれくらいの襲撃ならどっちに転んでもこっちの勝ちだから。誘拐されても見つけ出してくれるだろうし、彼等には最初から逃げ道は無いよ。だって出て来た時には既に暗部に囲まれてるみたいだし」
私が割と落ち着いてる理由だ。暗部の人と思える人が野次馬にちらほら紛れてたり、幻術で近くに隠れてたりする。彼等もやっぱり魔眼は効いて無いようだ。
「ハァ、アーランドってやっぱり色々おかしいよね」
騎士の突撃やワンコの大行進でボロボロにされた襲撃者とトップらしき人はアリシアさんに蹴ってはいけない所を蹴られて白目を剥いて倒された。やっぱり掛かったふりをしてたみたい。精霊と契約してた魔法使いも抵抗するも、何処かから飛んできた針が首筋に当たると次々倒れた。吹矢かな?
「ふう、やっぱり生き残りが居ましたか」
「私を餌に釣り上げたの?」
「姫様の胆力ならこれくらいは大丈夫だと判断しましたが…この馬鹿共が本気で魔眼なんぞに引っかかる事だけは予想外でした。まあ最悪は私が抱えて逃げられますから」
ふむ、だけど私の友達に怖い目を会わせた事だけは許さない。助けを呼んで戻って来たシャロンちゃんやケーナちゃんにアノンちゃんの3人にしっかり謝って貰った。何やら安全は保障されてたとかお父様も噛んでるとかこの作戦にかなりの人数が動員されてるから絶対大丈夫だとか色々良い訳をしてたが、誠意を込めて謝らせた。土下座である。流石に本気で怒ってたので騎士達も皆土下座した。
「最低限私に話しを通すのが義務でしょう。そうすれば対策出来たのに」
「まさか姫様が魔眼に引っかかるとは思いませんでした。彼女達は安全確実に眠らせればと」
「言い訳無用‼」
がるると怒る私。当然だこんな事は絶対に許されない事だ。当然3人にも謝罪や相応の賠償をしないといけない。他国でアーランド流を使って良い訳が無い。
その後3人の両親の元に向かい私が頭を下げた。アノンちゃんの家にはグランツさんに依頼して装備一式を送る事になったし、ケーナちゃんとシャロンちゃんの家にはいくつかの魔道具を贈る事になった。物で済ませるのは非常に気が引けるのだが、相手がかなり萎縮してこれも殆ど押しつけのように置いてきた。別にお金の問題では無いけど、知ってて危険に晒した事だけは絶対に許さない。お父様は暫く無視する。1年程居ない者として扱う事にした。
「ううケーキが…楽しみだったのに」
「そこまで謝らなくても良いんだけど。だってアリスも知らなかったんでしょ?それに…そこの阿保のせいで初めてじゃないし」
「多分…アノンが何とかするし、昔からアノンと一緒に居ると…似た事が起こる」
三者三様に許してくれた。因みにケーキタイムは明日になる事に。この事だけはアノンちゃんがアリシアさんを恨めしそうに睨んでた。
しかしアノンちゃん………………。
それとアリシアさんもまさか初日から来るとは思って無く、今日は警備だけだと思ってたらしい。
「今回みたいな事を次にやったら王籍を返上して国から出て行くからね」
「大変申し訳ありませんでした」
何度目かは数えてないが、アリシアさんがまた頭を下げた。今日だけで少しやつれたようだ。だけど絶対に許す気は無い。
お父様にもそれを伝える伝令を送っておいた。




